ほぼ2人芝居で繰り広げられる壮絶な演技合戦

 1890年代、ニューイングランドの離島に赴任した2人の灯台守が体験する<地獄>を描いた『ライトハウス』。新米の若者イーフレイムは、過酷な労働を強いる口うるさいベテランのトーマスにうんざり。しかも、4週間の滞在のはずが、陸に戻る直前に嵐に襲われ、迎えの船影すら見えない……。

 閉塞空間に閉じ込められた2人が妄想や幻覚に侵されていくという、人間の<脆い性(さが)>を描いた作品は多い。そんな過去作と比べた本作の新味は、神話的要素を軸に、エドガー・アラン・ポーやハーマン・メルヴィルなど<その世界>に拘り続けた先達の影響を色濃く表した内容と、怖いけど魅入ってしまう美しいモノクローム映像。しかしなにより、ウィレム・デフォーとロバート・パティンソンの圧倒的な演技なくしては、ただのおどろおどろしいホラー映画に過ぎなかったと思う。

ウィレム・デフォー(左)はそれほど違和感はないが、痩せこけた頬で目をギョロつかせるロバート・パティンソン(右)は、一瞬誰だかわからないほどの変貌ぶりだ

 ベテラン灯台守を演じるデフォーが、長い経験の逸話を滔々と語る姿は、シェイクスピア劇を思わせる滑らかさだが、そこには胡散臭さと悪意もたっぷり。新米を恫喝する表情もすごいが、灯台のビーコン(光源標識)の妖しい輝きを浴びて恍惚となる表情も不気味だ。いや~、これまでのキャリアで演じてきた、様々なキャラクターのエッセンスが集約されているようで、唸るばかりだ。

画像: “絶海の孤島に2人きり”という極限状態で、精神のバランスを崩していくトーマスとイーフレイム。モノクロームに加えてスタンダードサイズの画角となっており、それがより得体のしれない不気味さを醸し出す

“絶海の孤島に2人きり”という極限状態で、精神のバランスを崩していくトーマスとイーフレイム。モノクロームに加えてスタンダードサイズの画角となっており、それがより得体のしれない不気味さを醸し出す

現役カメレオン俳優は“失礼な質問”にも爆笑する気さくな人柄

 デフォーと実際に会見したのは、マドンナ主演の『BODY/ボディ』(92年)のプロモーションで来日した1993年3月。その後、今に至るまで再会できていないのが残念であり、よりによって、貴重な1回が“マドンナがラジー賞最低主演女優賞を受賞した駄作”を携えてだったのが、心残り(笑)。

 とはいえ、作品の出来に関わらず、インタビュー中のデフォーは知的で素敵な人だった。演技派として国際的な評価を確立したスター。しかも、長年にわたって前衛劇団シアターXでの活動もしている芸術家肌だし、黙っていれば怖さ倍増の強面だもの、こちらもかなり緊張したが……ご本人はフランクでよく笑う。

筆者の金子裕子さんが初会見時にもらったデフォーのサイン

 『BODY/ボディ』でのデフォーは、マドンナ扮する“大富豪をセックス中に死なせてしまう愛人”のエロティックな魅力に取り憑かれ、性の奴隷となる弁護士役。ま、お決まりの「あんなシーンやこんなシーンなど、際どい撮影はどのように?」的な失礼な質問もしたのだが、嫌な顔もせずその珍問に爆笑している顔しか思い出せない。「キミたちも、仕事だもんね。共演がセックスシンボルのマドンナなのは、ボクもよくわかっているから」といった雰囲気。大人です。

 しかも、演技やキャリアの変遷についてのコメントは真摯。「監督、脚本が良ければ、どんな役でも自分の仕事をまっとうするだけ。言葉ではうまく伝わらないかもしれないが、演じるというよりは“その役柄を生きる”というのがいちばんフィットする感覚かもしれない」

 確かに、アカデミー賞助演男優賞候補となった『プラトーン』(86年)の、不条理な戦場でも人間味を失わないエリアス軍曹、『最後の誘惑』(88年)のキリスト、『スパイダーマン』シリーズ(02年~07年)のノーマン・オズボーンことグリーン・ゴブリン。2度目のアカデミー賞助演男優賞候補になった『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17年)では、人情味あふれるモーテルの管理人に。そしてヴェネツィア国際映画祭の最優秀男優賞を受賞し、初めてアカデミー賞主演男優賞候補にもなった『永遠の門 ゴッホの見た未来』(18年)では、模索する画家ゴッホ……。なんと多彩な役柄を演じてきたことか。そして、すべてが<生きている>ことが凄い!

 最近、日本の若い俳優たちは「めざすは、カメレオン俳優」と軽々しく言うけれど、本物の<カメレオン俳優>とはウィレム・デフォーのような俳優だから、心して励んでほしい。

攻めた作品選びでアイドルから脱皮、次世代カメレオン俳優なるか?

 さて、その<カメレオン俳優>予備軍の良きお手本が、本作で新米の灯台守を演じたロバート・パティンソンだ。

 『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(05年)でハンサムな上級生を演じて注目を浴び、ステファニー・メイヤーのベストセラー小説『トワイライト』シリーズの映画版主役に抜擢されて、ハリウッドスターの座についたパティンソン。その出世作『トワイライト~初恋~』(08年)を携えての初来日に、メディアが殺到したのは当然だ。かく言う私も「人間と恋に落ちる美しきヴァンパイアだから、外せない」と担当編集者を煽り、インタビューに参戦した。

 ところが、現れた実物はゲジゲジ眉毛で長い顎に無精ひげ。美意識高い系の編集者は「どこが美形? せめて衣装ぐらいはなんとかして欲しい」と渋い顔。そう、着ているのは色あせた紺のポロシャツにヨレヨレのジーンズだもんねぇ。カメラマンさんが技を発揮して、陰影の濃いシャープな写真に仕上げてくれたので、ページはなんとか格好がついたけど……正直、私は「彼は、近い将来消えるな」と思った。

『トワイライト』シリーズでは、アイドル的人気を博していたパティンソン。恋人役のクリステン・スチュワートとは私生活でもパートナーで、当時のゴシップ誌を賑わせた/『トワイライト~初恋~』/Blu-ray/KADOKAWA

 が、その予想は大外れ。『トワイライト』シリーズ終了後は、メジャー作品や主役にこだわらず、インディペンデント系の2番手、3番手で経験を積み、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』(20年)で高評価を獲得。主役に抜擢された大作『ザ・バットマン』も、2022年に公開が予定されている。

 う~ん、本作のデフォーに引けを取らない怪演を見れば、これまでの切磋琢磨が忍ばれる。お見逸れしました! 俳優は顔だけじゃないんだよねぇ。私のタイプとは違うけど(苦笑)。

ライトハウス

7/9(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

監督:ロバート・エガース
出演:ウィレム・デフォー/ロバート・パティンソン
原題:THE LIGHTHOUSE
2019年/アメリカ/109分
配給:トランスフォーマー
(c) 2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

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