WOWOWは昨日、東京・富ヶ谷のハクジュホールでピアノ演奏のマルチチャンネル収録に関する再生実験を開催した。

 同社では、昨年10月にMQAやAURO-3Dを使った高音質配信実験を開催するなど、放送局という枠を超えて、マルチチャンネルをどのように楽しむかについて様々な取組みを行っている。

 今回の実験はさらに一歩進んだもので、ステージ上に置かれたピアノの実際の演奏と、それを録音してマルチチャンネル再生した場合で、リアルなピアノの音がどの程度再生できるか比較試聴しようというものだった。

画像: 「プランA」(本文参照)でのマイクとスピーカー-の配置。手前の2台は2ch再生用として正面を向いて設置、その後ろには高さの異なるスピーカーが5ペア10本置かれている

「プランA」(本文参照)でのマイクとスピーカー-の配置。手前の2台は2ch再生用として正面を向いて設置、その後ろには高さの異なるスピーカーが5ペア10本置かれている

 具体機には、ハクジュホールのステージ中央にグランドピアノを置き、それを取り囲むように11本(マイクオブジェクト用+LEF用)のマイクを設置する。 そしてそのマイクで録音した音を、マイクの横に並べて置かれたスピーカー+サブウーファーで再生するというものだ。

 マイクが拾った音を、ほぼ同じ位置にあるスピーカーで再生することで、ピアノから発せられている音が実際の演奏と同じように再現出来るのではないか、という発想だ。

 今回の再生実験を企画したWOWOWの入交英雄さんによると、「本物のピアノの音とスピーカー再生による音の比較試聴の結果、スピーカー再生で充分なピアノの存在感を表現できれば本検証の目的を達成できます。逆に、2ch再生とマルチチャンネル再生の差が小さく、明らかに “スピーカから鳴っている” と感じるのであれば本再生法は臨場感向上に寄与しなかった、という結論となります」ということだ。

画像: 録音用のマイクはスピーカーの隣に設置。今回の実験では、ひとつのマイクで録音した音をそのまま同じ位置のスピーカーで再生しており、マスタリングやミックスなどの処理は一切行っていない(11ch再生時)

録音用のマイクはスピーカーの隣に設置。今回の実験では、ひとつのマイクで録音した音をそのまま同じ位置のスピーカーで再生しており、マスタリングやミックスなどの処理は一切行っていない(11ch再生時)

 さらに今回の実験が好印象であれば、将来的には、ハクジュホールの演奏会で楽器の音だけを収録し、その音源をリアルタイムに配信して別のホールでスピーカーを使って再生することで、そのホール(配信先のホール)の響きを活かした環境で演奏を楽しむ、といったサービスも考えられる。

 「3Dオーディオはリスナーを取り囲むようにスピーカを配置し、現場の臨場感を切り取って、各家庭で再構築するシステムです。再生空間は、それほど大きくない場所が想定されており、ホールのような大空間での再生には同じ手法が通用しません。

 再生空間が大きくなると、どこに座っても同じような印象を表現することが難しくなってきます。それを解決するにはスピーカの数を増やすことが有効で、映画館では左右や天井に6〜8列のスピーカーが用いられます。さらに映画館は、できるだけデッドに作られており、コンテンツに内包される空間が表現しやすくなっています。

 ところが、ホールは独自の音響空間を持っており、他のホールの音響空間を表現しようとしても両者が混ざってしまい、うまくいきません。そこで、今回は、楽器に関する部分のみステージ上で再生し、音響空間は相手先のホールを利用しようというものです」と入交さんも実験の狙いを紹介してくれた。

画像: 「プランA」での再生実験終了後に、マイクとスピーカーの位置を変更して「プランB」での試聴が行われた

「プランA」での再生実験終了後に、マイクとスピーカーの位置を変更して「プランB」での試聴が行われた

 実験の現場ではハクジュホール常設のスタインウェイを使い、以下のふたつの方法で収録・再生が行われている。

<プランA>
 演奏者から見て右側面に、2レイヤー(下段は150cm、上段は170cmと高さが異なる)のマイクを5ペア、10本設置。これとピアノ下部のLEF用マイクを使って11chで演奏を収録する。

 再生時にもスピーカーを2つの高さに並べている。この場合、スピーカーはすべて客席側に前面を向けて設置される。

<プランB>
 ピアノの右側面には6つのマイク(5つは同じ高さ=150cmで、1つは中央高い位置=170cmで下向き)を設置。さらに客席と反対側の左側面にも3つを150cmの高さに並べている。この他にピアノの真下にもLEF用の他に1台マイクを置いて、合計11chで収録する。

 再生時のスピーカーは右側面の5台は客席に、1台は天井に向けている。左側面の3台はステージ後方の壁側にやや上を向けて再生。ピアノ下の1台は客席側を向けてサブウーファーの隣に置いている。

画像: 演奏が、どこでもドアを通ってやってくる!? WOWOWが “楽器の音を配信で届けて、送り先のホールの音で楽しむ” 再生実験を開催
画像: 「プランB」での設置。正面に向けて5台、中央上部とピアノの下に各1台、客席から見てピアノの裏側に3台のスピーカーを並べて、全方向に向けて音を放射している

「プランB」での設置。正面に向けて5台、中央上部とピアノの下に各1台、客席から見てピアノの裏側に3台のスピーカーを並べて、全方向に向けて音を放射している

 実験ではまずプランAの通りにマイクとスピーカーを配置し、ベートーヴェン『ハンマークラヴィーア』とドビッシー『月の光』を演奏。録音したばかりの音源を2ch(ダウンミックス)と11ch(録音データそのもの)で再生してどんな違いがあるかを検証した。

 続いてマイクとスピーカーをプランBの位置に変更し、上記の2曲を同じく生演奏とスピーカー(2回目は11ch再生のみ)で確認している。なお『ハンマークラヴィーア』を選んだのは音域が広く、ダイナミックレンジも広いので比較試聴しやすいだろうという狙いで、『月の光』はやわらかい曲調も試すためとのことだった。

 もちろんスピーカーを通しているのだから、生演奏と比較すると音色やボリュウム感に違いはある。しかしホール感、会場の雰囲気という意味では11chでの再生はかなり現場に近い印象もあった。そのあたりを含めた厳密なチェックは、実験に同席していた麻倉怜士さんにコメントをいただいたので、以下でご紹介したい。

 今回の実験は、貴重な演奏会の内容を配信で届けることで、世界中のどこでも、その場所の響きを活かして楽しむための第一歩になるだろう。まさに音楽が “どこでもドア” を通ってやってくるわけで、一日も早い実用化を期待したいところだ。(取材・文:泉哲也)

生演奏の配信を、今いるホールの響きを活かして楽しむ。
エンタテインメントとして、大きな可能性を感じる実験に参加した  麻倉怜士

 今回のWOWOWによるピアノ演奏の録音・再生実験に参加して、大きな可能性を感じました。

 そもそもコンサートなどの音楽コンテンツは、これまでは演奏会場で収録した現場の響きを家庭でそのまま楽しむというのが一般的でした。しかし今回は、ホールで撮った演奏会の音源を、別のホールでスピーカーを使って再生した時に、どこまで自然に生々しく楽しめるかがテーマでした。

 そのためにふたつの手法が準備されていました。ひとつめ(本文中のプランA)は、ピアノ右横の客席側で収録した音を、マイクと同じ位置に置いた11本のスピーカーで再生するというもの(スピーカーはすべて客席側に向けて設置)と、ダウンミックスした音源を2chスピーカーで再生するという方法です。もうひとつ(プランB)はピアノを取り囲むようにマイクを配置し、それをマイクと同じ位置にある11chスピーカーで再生したらどうなるかというものでした。

画像: 今回の実験では同じ楽曲を数回繰り返して再生し、参加者が聴く位置を変えて音場がどのように変化するかもためしている。麻倉さんも前方中央や後よりなどあちこちで音を確認していた

今回の実験では同じ楽曲を数回繰り返して再生し、参加者が聴く位置を変えて音場がどのように変化するかもためしている。麻倉さんも前方中央や後よりなどあちこちで音を確認していた

 今回の実験では、極力ホールの響きが入らないように、楽器の直接音だけを収録するように気を配っていました。しかしまったく響きが入らないということはないわけで、スピーカーによる再生では直接音の他に響き成分が若干増えているのが聴き取れました。

 最初の設置(プランA)で、11chのスピーカーを正面に向けて配置した状態では余分な響きが耳について、明瞭度がスポイルされていました。今回使ったピアノはスタインウェイのコンサートグランドピアノです。もの凄くディテイルまで鳴り響く鮮鋭でブリリアントな音です。

 なのですが、会場の中央あたりから後ろの席で聴いてみたら、生音に比べるとちょっとボケていたのです。これはスピーカーからの音に初めから入っている会場のアンビエントと、スピーカーから再生された音が、会場に反射した間接音が加わったからだと思いました。

 2ch再生では直接音が多く聞こえて、明瞭度はそこまで落ちたようには感じませんでした。しかし2chではそこに音源がある、スピーカーが鳴っているという印象なので、広がり感は物足りなかったですね。やはり11chくらいの臨場感は欲しい。

画像: 歩き回りながらの試聴も実施した

歩き回りながらの試聴も実施した

 これに対してもうひとつの配置(プランB)は素晴らしかった。響きの自然さ、生々しさがホールそのままに出てきて、生演奏の感覚に近いのです。もちろん生演奏に比べると明瞭度は落ちているのですが、なまなましい、リアルな演奏に感じられ、エンタテインメントとしても充分楽しめると思いました。

 ピアノなどの楽器の音は360度全方向に広がっていくわけで、それを正しく再生するには、スピーカーを前だけに向けて置くのは駄目ということでしょう。ステージの後の壁や天井の響きを活かすことで、自然な音場が再構築できたのだと思いました。

 明瞭度や音の立ち上がり、スピード感は生演奏には叶わないわけですが、イコライジングで中高域をはっきり出すことでそのあたりも改善できるのではないでしょうか。今回は録音データをそのまま再生していましたが、今後は聴取位置でフラットになるようなマスタリングも必要かもしれません。

 また今回はピアノソロでしたが、室内楽やオーケストラといった演奏形態でも、それぞれに応じた収録方法や再生方法があるはずです。このテーマは実用性があると思いますので、今後の実験でそれらもきちんと検証していく必要もあるでしょう。

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