今からおよそ50年前、僕は高円寺のシャンソン・フレールという喫茶店で、初めてバルバラという女性シャンソン歌手の歌を聴いた。そのとき店でかかっていたレコードがこの『Barbara Chante Barbara〜私自身のためのシャンソン』だった。

 このアルバムは1964年のリリースで、翌年フランスのACCディスク大賞(※)を受賞した名盤であり、65年には日本盤も登場していた。このレコードに聴くバルバラの歌声は、ひっそりとして深い悲しみを湛え、聴くものの心の奥深くまでスッと届く実に味わい深いもの。僕はすぐにこのレコードを購入して、繰り返し、繰り返し、擦り切れるほど聴いた。

 ※ACC(Académie Charles Cros)。1947年設立のフランスの文化アカデミー組織

 バルバラには『ボビノ座のバルバラ・リサイタル'67』という、こちらも人気の高いライヴ盤があって、オーディオファイルには優秀録音盤としても昔からよく知られていた。ステレオサウンドからも最良の音質で提供すべく、「シングルレイヤーSACD+CD」の2枚組仕様で発売中だが、それに続くバルバラのステレオサウンド第2弾が本作となる。

画像: 名盤ソフト 聴きどころ紹介24/『Barbara Chante Barbara〜私自身のためのシャンソン/バルバラ』Stereo Sound REFERENCE RECORD

オーディオ名盤コレクション SACD+CD2枚組
『Barbara Chante Barbara〜私自身のためのシャンソン/バルバラ』
(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSVS-015〜16) ¥5,500(税込)
 ●仕様:シングルレイヤーSACD+CD
 ●初出:1964年フィリップス
 ●マスタリング・エンジニア:Poussin(DES Studio Paris)

収録曲
 1. 死にあこがれて
  2. ピエール
 3. ル・ベル・アージュ
 4. サン・タマンの森で
 5. 私は言葉を知らない
 6. リヨン駅で

6. リヨン駅で
7. ナントに雨が降る
8. 脱帽
9. パリ・8月15日
10. 教書
11. あなたが帰る日
12. わたしは美しくもなく、やさしくもないけれど

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 『ボビノ座のバルバラ〜』は、比較的小さなミュージックホールであるボビノ座の最前列で聴くような生々しい録音が特徴だ。観客一人一人にそっと歌いかけるバルバラの傷心的な歌声と、ジョス・バゼリのアコーディオン、ミッシェル・ゴードリのベースの共に名人級と言える演奏がたいそう生々しく、まさに見えるが如き素晴らしい録音だ。

 対する『Barbara Chante Barbara〜』は、当時の一般的なヴォーカルアルバムの録音スタイルと言っていいと思うが、彼女の歌を中心に据えて、オケや伴奏楽器は彼女の後ろに控えめなバランスで配されている。ライヴ盤『ボビノ座のバルバラ〜』が、まさに自分がボビノ座に居る観客の1人であると感じるような録音であるのとは好対照だ。だから音楽的内容で言えば、本作がバルバラの最高傑作と自信を持って言えるが、オーディオファイル的視点からは『ボビノ座のバルバラ〜』を好ましく思っていたのも事実。ビル・エヴァンスで言えば、『ポートレイト・イン・ジャズ』も『ワルツ・フォー・デビイ』もどっちも凄いけれど、録音的には『ワルツ・フォー・デビイ』だね、ということと少し似ている。

 これまで筆者は、『Barbara Chante Barbara〜』はもっぱらアナログレコードで楽しんでいた、それも日本盤で。フランス・オリジナル盤は長い間探しているが、未だコンディションのよい盤に巡り会えないでいる。オリジナル盤はジャケットデザインも曲順も異なっているのでなんとか手に入れたいのだが。

 それがステレオサウンドの尽力で、ここに目出たく素晴らしく音がよく、ジャケットデザインも曲順もオリジナルと同じ『Barbara Chante Barbara〜』が発売されることになった。今作も『ボビノ座のバルバラ〜』と同じSACD+CDのシングルレイヤー2枚組で、マスタリング・エンジニアは『ボビノ座のバルバラ〜』でも素晴らしい仕事をしてくれたパリ在住のPoussin氏(DES Studio Paris)だが、今回マスタリングプロセスはさらに進化している。

デリカシーの極致を湛えた音で甦った
バルバラの最高傑作に心震える

 先の『ボビノ座のバルバラ〜』ではSACDは一度PCMを経由して低域を中心にわずかにバランスを整えたあとDSD2.8MHzに変換。CDもこのDSDマスターをPCM変換して作られていた。それが今回は最良コンディションのオリジナルマスターテープから直にDSD化が行なわれた。CDも本作ではオリジナルマスターテープからダイレクトにPCM化してCDマスターとしている。これによって、これまで日本盤LPを聴いて抱いていた、録音は平均的な作品という印象が見事に覆された。

 バルバラの歌声はきわめてニュアンスに富み、いっそうデリケートで、自分自身に向かって切々と歌っている。そう、ライヴ盤は観客に向かって話しかけているように聴こえるが、こちらのスタジオ録音は、どの曲も自分自身に語りかけるように、時に呟くように静かに歌われる曲がほとんどだ。だからLPレコードで聴いていた時はやや地味な録音と感じていたが、このSACDを聴くと、それがたとえひっそりと歌われる曲でも、彼女から発せられる(これまでほとんど聴こえていなかった)かすかな吐息まではっきりと感じることができて驚かされた。

 その囁きや吐息が聴くものの耳をそっと撫でる「ピエール」という曲は、彼女が切々と歌う恋の歌だが、これほどデリカシーの極致と言いたい「録音された歌声」はそう滅多に聴けるものではない。ミシェル・ポルタルのアルトサックスの音色もたとえようもなく艶やかだ。

 本アルバムを聴いたすべての人が深い感動に心を打ち震わせる「ナントに雨が降る」は、長い放浪の末にこの世を去った父親の遺骸とナントの病院で対面したときの体験が歌われている。実は筆者は以前バルバラの(未完の)自伝を読んで大きな衝撃を受けていた。自伝には、彼女が十歳のときに父親からのインセスト(近親姦)があったと綴られていたからだ。それを知ってから再びこの歌に耳を傾けたときはいっそう心が震えた。

 ナントからパリに戻ったバルバラは、その年の暮れになってこの曲の最初の4フレーズが浮かび、その後4年の歳月をかけてこの曲を完成させた。湿っぽくならずひっそりとして、かつ格調の高さが感じられるバルバラの歌声だが、最後の8小節、伴奏がピアノとアップライトベースの弓弾きだけになった途端、ついに抑えていた感情がこぼれ出す。最後の最後で剥き出しになったバルバラの心の震えに聴く者の心も共に震える。必死に感情を抑えて歌うバルバラを前に、こちらが感情を溢れ出させてしまうのである。

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