メル・ギブソンとショーン・ペン、名優ふたりが夢の競演

 メル・ギブソン&ショーン・ペンという、なんとも贅沢な初共演が叶った『博士と狂人』。メルが演じるのは、世界最大の辞典『オックスフォード英語大辞典』の編纂に全身全霊を傾けた言語学博士マレー。一方ショーンの役は、精神病院に入院しながらも、マレー博士のプロジェクトに大量の言語の用例を送り、多大な貢献をした元軍医マイナー。二人は辞典作りを通して友情を育んでいく。

 戦争体験から心を病んで殺人を犯したマイナーは、これまでエキセントリックな役柄を多く演じ、過去に2度もアカデミー賞主演男優賞を受賞しているショーンにとってはお得意のキャラクター。しかし、ここで注目すべきは、60代になったメルが披露する深い演技。老いてなお、どんな障害が立ちはだかろうと、言語学に情熱を燃やし続ける一途さは、純真で強靭な魂の表れ。そして、同時に家族や友に注ぐ愛と慈愛のまなざしに、グッとくる。久しぶりに“演技派メル・ギブソン”に魅せられるのだ。

画像: 1800年代後半のイギリスを舞台に、二人の男性が知性を介した深い友情を結んでいく。メル・ギブソン×ショーン・ペンという、映画ファンであれば心躍る豪華な顔合わせが嬉しい

1800年代後半のイギリスを舞台に、二人の男性が知性を介した深い友情を結んでいく。メル・ギブソン×ショーン・ペンという、映画ファンであれば心躍る豪華な顔合わせが嬉しい

画像: 『ハクソー・リッジ』など、最近ではどちらかというと監督のイメージが強いメルだが、本作では思う存分演技を堪能したい。また、「シェイクスピアの時代まで遡り、すべての言語を収録した辞典を作る」という常軌を逸したプロジェクトがどう進行していくのかにも注目だ

『ハクソー・リッジ』など、最近ではどちらかというと監督のイメージが強いメルだが、本作では思う存分演技を堪能したい。また、「シェイクスピアの時代まで遡り、すべての言語を収録した辞典を作る」という常軌を逸したプロジェクトがどう進行していくのかにも注目だ

『マッドマックス』をきっかけに、一躍スターダムに躍り出る

 メルといえば、幼い頃に移住したオーストラリアで演技を学んだあと、23歳の時に主演したオーストラリア映画『マッドマックス』(79年)が世界的なヒットとなり、瞬く間にハリウッド進出を遂げてスター街道を突っ走ったことを思い出す。

 初来日は、その『マッドマックス』を携え、当時の妻ロビン夫人を同伴していた。メルにとっては、初の海外プロモーションの旅だったそう。しかし残念ながら、私はまだ映画の仕事をしていなかった。そして第2弾『マッドマックス2』(81年)で、2度目の来日をした81年。駆け出しの映画ライターとしてかろうじて記者会見に潜り込んだ私は、初めて生のメル・ギブソンを見た。その時は、スクリーンのイメージよりも意外と小柄でお茶目な人だな、という印象だけが残った。

 One on Oneインタビューができたのは、85年。メル3度目の来日、シリーズ第3弾『マッドマックス/サンダードーム』のプロモーションの時だった。生メル見学の記者会見から4年の間に、『マッドマックス2』は全米で大ヒットし、ハリウッドに招かれた彼は『バウンティ/愛と反乱の航海』(84 年)、『ザ・リバー』(84年)、『燃えつきるまで』(84年)と立て続けに主演作がずらり! 文字通り、ハリウッドのイチ押しスターとして脚光を浴びていた。

 とはいえ、目の前のメルは4年前と変わらず、気さくでお茶目。真面目なコメントにもジョークを挟んで笑わせてくれる。加えて、時にスクリーンでも魅了されたあの限りなく透明に近いブルーの瞳でこちらをじっと見つめて、インタビュアーをドギマギさせたりもする。たまらん!

『マッドマックス/サンダードーム』日本語吹替音声追加収録版/Blu-ray/¥6,345+税/ワーナー ブラザース ジャパン

 4度目は、87年。大ヒットシリーズ『リーサル・ウェポン』(87年)の第1弾を引っさげ、バディを組む刑事を演じたダニー・グローヴァーと共に来日した。スクリーンさながらの名コンビぶりを披露してくれて、爆笑に次ぐ、爆笑。しばしお仕事を忘れるほどに笑った。知っての通り、このシリーズは第2弾『リーサル・ウェポン/炎の約束』(89年)、第3弾『リーサル・ウェポン3』(92年)、第4弾『リーサル・ウェポン4』(98年)と続き、メルを屈指のアクションスターにした。

 とはいえ、その間にはラブサスペンス『テキーラ・サンライズ』(88年)や念願のシェークスピア劇『ハムレット』(90年)など、幅広いジャンルに挑戦しており、83年の3月には、10年間の冷凍睡眠からめざめて恋人と再会するというファンタジックなラブストーリー『フォーエヴァー・ヤング/時を超えた告白』(92年)で5度目の来日を果たした。

演出の才能を知らしめた初監督作

 そして6度目は同じ年の12月、メル自身が初めて監督に挑戦した『顔のない天使』(93年)のお披露目だった。メルは、士官学校を目指す孤独な少年を優しく導く、顔と心に傷を負った元教師の役で自らも出演。家庭崩壊や幼児虐待などにも触れた社会派の作品は、その丁寧な演出に多くの称賛が寄せられた。

 とはいえ、ご本人は「不安とワクワクした気持ちがいっぱいで、クランクインの前の晩は眠れなかった」とのこと。しかし、その不安を吹き飛ばしてくれたのは、クリント・イーストウッドの“君が思っている以上に、もっと多くの知識が潜在的にインプットされているから大丈夫”という言葉だったそうだ。

 ちなみに、初監督で自分が出演するのは避けたかったのだが、「ウィリアム・ハートとジェフ・ブリッジスに断られちゃって。ほかにこの役を演じてほしい俳優がいなくって。仕方なく出た。カメラの前と後ろを行ったり来たりするのは、大変だよねぇ(笑)」。

『顔のない天使』/Blu-ray/¥2,000+税/ギャガ

 しかし、懲りずに(?)その経験をフルに生かして、再び監督と主演に挑んだのが『ブレイブハート』(95年)だ。スコットランド独立の闘志ウィリアム・ウォレスの半生を描いたこの作品は、アカデミー賞の作品賞・監督賞ほか5部門を獲得。授賞式では『こんなバカな男にオスカーをくれるなんて……。僕がこれまでに出演した作品の監督全員が先生です。僕も監督の仲間入りができて、嬉しい!』と感極まる姿に、もらい泣きしてしまった。 

 もちろん、この超大作で7度目の来日もあり。この時の私は、作品について多くのことが聞きたくて、いつもに増して緊張していた。7,200万ドルの製作費を獲得したプロセス、3,000人のエキストラを使った戦闘シーンの苦労。5ヶ月間、週6日間の撮影で監督と主演を兼ねる苦労と、そのエネルギー源……などなど。

 しかし、メルが待つ部屋に入ってギクッとした。そんな私の“ギクッ”を察知した彼は、「どうしたの?」と。じつは、私個人としては、インタビューは相手と同じ目の高さで、目を見ながら話を聞きたいといつも願っている。しかし、この時のメルはズーンと沈んだソファに座っていて、インタビュアーの席は脚の高い椅子。「これでは、あなたを見下ろすことになる」と告げると、「なるほど、そうだよね」と納得したメルは、即、絨毯の上にあぐらをかき、「君も座って」と笑顔で私にすすめたのだ。

 なんという心遣い! こういった周囲への気配りと、気さくさ。本当に、本当に素敵だ。だからこそ、いかに過酷な撮影でも、メルが中心に居るならキャストもスタッフも、何千人のエキストラでさえも完成に向かって一丸となって突っ走れるのだろうと、感心。どこまでもついて行きたくなるもの。私ですら。

画像: 『ブレイブハート』来日時、筆者の金子さんがメルに書いてもらったというサイン。“ウィリアム・ウォレス仕様”の写真は見目麗しい

『ブレイブハート』来日時、筆者の金子さんがメルに書いてもらったというサイン。“ウィリアム・ウォレス仕様”の写真は見目麗しい

 さて、メルとお会いしたのは、いまのところそれが最後。もちろん、俳優として活躍しつつ、監督作も『パッション』(04年)や『アポカリプト』(06年)、そして久しぶりにメガホンをとった『ハクソー・リッジ』(16年)ではアカデミー賞監督賞候補にもなって、60歳のメル・ギブソン健在をアピールした。

 大ブレイクしてからほぼ40年。その途中にはアルコールへの依存や、長年連れ添ったロビン夫人との離婚、そして恋人へのDV疑惑などのトラブルも少なくない。けれど、だからと言って素晴らしい俳優であり監督であること、そして直に触れた優しい人柄に間違いはないと思う。『博士と狂人』を見ていると、辞典作りに全身全霊を傾けたマレーと、映画作りに全身全霊を傾けているメルの姿が重なるのだった。

博士と狂人

監督:P・B・シェムラン
出演:メル・ギブソン/ショーン・ペン/ナタリー・ドーマー/スティーヴ・クーガン/エディ・マーサン
原題:THE PROFESSOR AND THE MADMAN
2018/イギリス=アイルランド=フランス=アイスランド/124分
配給:ポニーキャニオン
10月16日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
(c) 2018 Definition Delaware, LLC. All Rights Reserved.

This article is a sponsored article by
''.