“神の声”を持つといわれ、世界中で愛されたテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティ。そのドキュメンタリー映画がロン・ハワード監督によって制作、9月4日からロードショー公開となる。

 映画には、彼のさまざまな記録や著名なアーティストたちへのインタビューはもちろん、『ラ・ボエーム』『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」など、伝説的なステージの貴重な映像がたっぷりと詰まっている。しかも音声はドルビーアトモス。最新の立体音響によって、歴史に残るパフォーマンスの数々を臨場感豊かな音で再現しているのだ。

 そんな本作のサウンドについて、録音を担当したクリストファー・ジェンキンズ氏に、音づくりの秘密や聴きどころについてインタビューを実施した。

クリストファー・ジェンキンズさん

画像: 録音技師。1979年以降、150本以上の映画に参加。『ディック・トレイシー』(1990年)、『ウォンテッド』(2008年)でアカデミー賞録音賞に2度ノミネート。『愛と悲しみの果て』(1985年)、『ラスト・オフ・モヒカン』(1992年)、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(2015年)で同賞を3度受賞している。今回はアメリカとリモートでつないでインタビューを実施した


録音技師。1979年以降、150本以上の映画に参加。『ディック・トレイシー』(1990年)、『ウォンテッド』(2008年)でアカデミー賞録音賞に2度ノミネート。『愛と悲しみの果て』(1985年)、『ラスト・オフ・モヒカン』(1992年)、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(2015年)で同賞を3度受賞している。今回はアメリカとリモートでつないでインタビューを実施した

モノーラル音源をスピーカーで再生し、12本のマイクで再録音

 録音を担当するクリストファー・ジェンキンズ氏は、過去にはアカデミー賞に輝いた『マッドマックス 怒りのデスロード』などの録音を担当したことでも有名。映画が好きでホームシアターにも熱心な人ならば、その名前を聞いたことはあるはずだ。

 今回のインタビューは、コロナウイルスの影響もありリモートで行われた。監督や主演が来日する機会は少なくないが、海外にでも行かない限り録音技師に直接インタビューができる機会は珍しい。これはリモート取材のひとつのメリットだと思う。

 さっそく本作の音の制作についてうかがうと、なんとクランクインの1年前から準備が始められたという。そこでは、主要な音源を提供したロンドンのデッカレコードなどの膨大なアーカイブから、可能な限り質の高い音源を探したそうだ。

 「音源は400〜500は聴いたと思います。ミックスダウン中もロンドンで音源を探し続けていたほどです」(ジェンキンズ氏、以下同)

 そんな音源は、古いモノーラル録音から比較的新しいマルチ収録まで、素材の種類もバラバラだ。ジェンキンズ氏は、それらをドルビーアトモスでミキシングする中で、ユニークな手法を採っている。

画像1: ドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』は音にも注目! “神の声”をドルビーアトモスで蘇らせた録音技師、クリストファー・ジェンキンズ氏を直撃した

 「冒頭、アマゾン河を下ってオペラハウス『テアトロ・アマゾナス』で歌う場面があります。これはホームビデオで撮ったもので、音声はモノーラルでした。そこで今回はこの音源を、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで録り直しました。スピーカーで音を再生し、『スタジオ1』に設置した12本のマイクで再録音(リ・アンピング)したのです。

 こうすることで、モノーラル音源を前後左右と高さの響きをもった、自然なマルチ音源に変換できました。デジタル加工で処理する最新技術に比べると古典的な手法ではありますが、声を活かしてホール感を再現するためにはベストな選択だったと思います」

 アビー・ロード・スタジオでこれまでの数々の名盤を録音してきたスタジオ1は複雑な響きを持つなど音響特性も優れており、臨場感豊かな音に仕上がったそうだ。スタジオ1を使えたのはとてもラッキーだったとジェンキンズ氏は語る。こうした処理により、「テアトロ・アマゾナス」の場面は、パヴァロッティがすぐそばで歌っているようなニュアンスで再現できたという。

 また、有名な『3大テノール 世紀の共演』のコンサートシーンも同様に再録音されたそうだ。このコンサートの音源は、質は高いものの、真面目な録音というか、ホールの響きの少ないドライな音で収録されていた。そのため、歌はもちろん、オーケストラの音もパートごとに分けて再録音し、豊かな響きを再現したという。これをドルビーアトモスにリミックスすることで、スタジアムで歌った時の状況、リアルな音の響きを再現できたそうだ。

 「ロン・ハワード監督にこの作品の音について相談したとき、音場にコントラストや深みを与えるイマーシブサウンドを求められました。そこで、ドルビーアトモスを採用し、今回のような録音手法も採り入れました。この録音はたいへん苦労しましたが、録音エンジニアもいい仕事をしてくれました。まさに魔法のようなコンサートホールの音を作れました」

画像2: ドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』は音にも注目! “神の声”をドルビーアトモスで蘇らせた録音技師、クリストファー・ジェンキンズ氏を直撃した

ベストの素材を選んで、臨場感溢れる声と演奏を再現

 主役であるパヴァロッティの声は、苦労を惜しまず、彼の美しい声を可能な限り自然に再現すための素材探しにも時間をかけたそうだ。

 「膨大なアーカイブから、ベストな声のマスターテープを探しました。重要なのはベストパフォーマンスのものがベストな録音とは限らないことです。マスターの吟味は慎重に時間をかけて行っています。

 パヴァロッティは世界中に熱心なファンも多く、彼らはこれまでのコンサートの音をよく知っています。臨場感に溢れた音でありながら、同時に実際のコンサートを聴いた人でも違和感を覚えないリアルさが欠かせません。ミキシングの時にはそこに一番気を遣いました」

 そんなジェンキンズ氏にもっとも気に入ったシーンを聞いてみたら、しばし考えてから答えてくれた。

 「3大テノールの『誰も寝てはならぬ』の場面ですね。何度見ても心を動かされる素晴らしいコンサートです。だからこそ、感情を表現するためのミキシング、最高の演奏、歌声に仕上げました」

画像3: ドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』は音にも注目! “神の声”をドルビーアトモスで蘇らせた録音技師、クリストファー・ジェンキンズ氏を直撃した

すべての空間やホールの音を、リアルに感じてほしい

 最後にジェンキンズ氏に、ドルビーアトモスで上映されることのメリット、有効性について聞いた。

 「テノールの美しい声、オーケストラの演奏をより感動的に再現するためには、コンサートホールの広い空間まで再現することが重要です。それが臨場感につながると思います。ドルビーアトモスは音で空間を再現する技術。従来のサラウンドのように四方に音が広がり、移動するだけでなく、まるでサンピエトロ寺院のようなドーム状に全体がシームレスにつながった空間が再現されることは一番のポイントだと思います。映画の中に現れるさまざまな場所、コヴェントガーデンなどのコンサートホールで聴く音を、まさにその場に居るように感じることができるはずです」

 パヴァロッティの美声と素晴らしいパフォーマンス、そして彼の人生を彩ったさまざまな記録や友人たちの声で構成された本作は、音楽ファンならば決して見逃せない作品だ。同時に、ホームシアターファンにとっても聴き逃せないものになるに違いない。偉大なるクラシック界の巨人のドキュメンタリーを、ぜひドルビーアトモスで体感してほしい。

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『パヴァロッティ 太陽のテノール』 

9月4日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
●監督:ロン・ハワード●録音:クリストファー・ジェンキンズ●2019年 イギリス・アメリカ作品●ビスタ●115分●配給:GAGA

画像4: ドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』は音にも注目! “神の声”をドルビーアトモスで蘇らせた録音技師、クリストファー・ジェンキンズ氏を直撃した

<キャスト>ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、ズービン・メータ、ボノ、ニコレッタ・マントヴァーニ、他

<歌唱楽曲>「冷たい手を」(プッチーニ『ラ・ボエーム』)「友よ、今日は楽しい日」(ドニゼッティ『連隊の娘』)「あれかこれか」(ヴェルディ『リゴレット』)「女心の歌」(ヴェルディ『リゴレット』)「衣装をつけろ」(レオンカヴァルロ『道化師』)「見たこともない美人」(プッチーニ『マノン・レスコー』)「オ・ソレ・ミオ」(ディ・カプア)「誰も寝てはならぬ」(プッチーニ『トゥーランドット』)「人知れぬ涙」(ドニゼッティ『愛の妙薬』)「星は光りぬ」(プッチーニ『トスカ』)

ドルビーアトモス上映あり 詳しくはこちら → https://gaga.ne.jp/pavarotti/theater/

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