いよいよ明日(7月30日)午後8時から、山下達郎さん初の映像配信『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』が行われる。StereoSound ONLINEでもその配信を大画面で見る方法を(勝手に)検証してきたが、予想外のアクセスと問い合わせをいただき、達郎さんの人気の高さに改めて驚いた次第だ。

 そんな画期的な配信については、「どんな経緯で実現したのか?」「384kbpsのAAC-LCを使うといった音質への配慮は達郎さんからの要望だったのか?」など気になる点もある。そこでStereoSound ONLINEでは、配信元であるMUSIC/SLASHに取材を申し込んでみた。すると、MUSIC/SLASHの企画・運営を手がける株式会社SPOON代表取締役社長の谷田光晴さんがインタビューに応じてくれることになった。

--今日はお時間をいただきありがとうございます。今回、MUSIC/SLASHさんが山下達郎さんの配信を行うということで、音楽ファンの間で話題になっています。まずはMUSIC/SLASHさんの主な業務内容から教えてください。

谷田 MUSIC/SLASH代表の谷田です。もともと私は映像クリエイターとして映像演出を手がけていました。配信業務という点では、9年ほど前に坂本龍一さんのプロジェクトで、韓国のオペラハウスからから六本木のTOHOシネマズに映像と音響を配信するという企画を担当していました。

 そして、2018年から映像作家として山下達郎さんのツアーメンバーに参加することになりました。達郎さんが映像を使ったステージ演出を始めたのが2017年からで、その翌年にやってみないかというお話をいただいたので、喜んで参加させてもらったのです。

--そういったつながりがあって、今回達郎さんの配信業務を手がけることになったわけですね。

谷田 はい。といっても簡単に実現できたわけではありません。

 そもそも2020年には東京オリンピックがあり、会場の問題でライブの開催が難しくなるというのは音楽業界では数年前から言われていました。達郎さんも2020年のツアーはお休みするというというのは決まっていたのです。

 それもあり、個人的に空いた期間に2020年以降を見据えて配信で何かやりたいと考えました。その時に、なぜ音質のいい音楽配信がないのかと不思議に思ったのです。配信では解像度などの画質に関わることはよく言われますが、音に対しての配慮がない。

 でも実際にライブに来た人は、みんな音が違う、迫力があるといいます。それなのに配信になると音に対して無頓着になってしまう。その理由として、いい音で配信したいと思っているミュージシャンはいるのに、配信側がそれを提供するインフラを作っていないのが問題じゃないのかと思ったのです。

 そんな時に仕事仲間のミュージシャンから、映像配信ではお金が取れない仕組みになっているのも問題だと聞きました。確かに今までの大手動画配信サービスは、広告主体でメディアを運営しているのが中心で、従来の音楽業界のようにユーザーから代金をいただいて音楽を提供するサービスとは、そもそも生れからして違います。

 そこで、代金をもらっていい音を提供する配信サービスをどこもやっていないのなら、自分で作ろうと決めました。基礎研究はMEDIAEDGEさんという会社と一緒に2018年頃から進めていましたので、2020年くらいにはそれを実現しようと考えたのです。

 MEDIAEDGEさんは、2年前に384kbpsのAAC-LCで配信できるエンコーダーを発売していました。現在はその後継版に進化しており、今回の達郎さんの配信でもそれを使っています。

 つまりエンコーダーは既にあるので、384kbpsのAACを扱える配信サービス環境を構築できればいいと思っていたのですが、費用もかかることなので簡単にはいかず、足踏みしていました。

画像: 山下達郎さん初の映像配信が、明日午後8時からスタート! この画期的なイベントを実現するまでの熱い想いを、MUSIC/SLASH代表・谷田光晴さんに聞く

--そのアイデアが今回動き出したわけですね。そのきっかけは何だったのでしょう?

谷田 こういった社会状況になってきた時に、ふと2021年以降も達郎さんのツアーに参加できるのか、不安になったのです。僕としては同じようにお手伝いをしたいと強く思っていますが、現状ではそれが実現できるかもわからない。

 だとしたら、今は音のいい配信に賭けてみようという思いになって、MEDIAEDGEさんに相談してみました。MEDIAEDGEさん側もやれますとの返事で、一気に配信側の検証まで仕上げてくれたのです。

 ただしもうひとつ重要なのが、誰に配信に協力してもらうかで、そこはもう達郎さんにお願いするしかない。そこで配信の可能性について打診してみたわけですが、達郎さんとしては、音質やセキュリティがきちんと確保できている配信サービスがないので、考えていないという返事でした。

 その返事を聞いて、達郎さんに安心して配信してもらえるプラットフォームを作らないと、他の音楽家、ミュージシャンにも賛同してもらえないだろうと思ったのです。そこでまず、達郎さんとレコードエンジニアの皆さんに384kbpsにエンコードした音を聴いてもらうことにしました。

 提供された素材を弊社の大阪事務所でエンコードして、それをクローズドネットワークで配信し、達郎さんのご自宅で聞いていただいたのです。その結果、この品質ならやれるかもしれないという評価をいただき、そこからスタートしました。

 次にセキュリティ面の検証として、5月末にテストストリーミングを実施し、配信したものをキャプチャーできない、ダウンロードさせないということもご理解いただきました。

--MUSIC/SLASHさんはビットレートで15Mbpsを推奨するなど、通信環境にまで配慮されていますが、達郎さんの配信を実現するにはそういった点も重要だったのですね。

谷田 ここで大切なのは、音にビットレートを多く割り当てている意味をユーザーに理解してもらうことだと思っています。映像は2Kですから、厳密に言えば15Mbpsより少なくてもなんとかなるのですが、少しでもいい状態で見ていただきたいという思いから、厳しめの推奨環境にしています。

 というのも、今後は配信と音楽業界は一緒にやっていかないと難しい時代がくると思っているのです。そのために、今回はユーザーの皆さんとコミュニケーションを取りながら、いい状態で配信を見るために必要な点について理解を深めてもらいたいと思っています。

 ツイッターでセキュリティが厳しすぎるというご指摘もいただきましたが、そこを担保できなかったらアーティストさんも安心して配信に応じてくれません。アーティストさんとの約束でもありますので、ここを緩めるわけにはいかないのです。

画像: 今回の配信で使われる、MEDIAEDGEの2ch対応オールインワンストリーミングエンコーダー「SC6D0N1 AIO」

今回の配信で使われる、MEDIAEDGEの2ch対応オールインワンストリーミングエンコーダー「SC6D0N1 AIO」

--お話を聞いていると、谷田さんご自身も音楽好きのようですね。

谷田 僕は映像作家としてプロジェクションマッピングの作品を発表していましたが、作品を作る時は音もオリジナルを使っていましたし、マスタリングスタジオの作業にも立ち会っていました。早くからDSDを使っていた仲間もいますし、クォリティに関しては常に気を遣っていました。

 その後、日本のポップス最高峰である山下達郎さんのスタッフになったことで、さらなる凄みを知ることになりました。そこから、すべてに対して最高品質でなくてはいけないと考えるようになったのです。

--映像、音質、セキュリティを担保した配信システムを構築するのはひじょうにたいへんだったと思いますが、そこで苦労はありましたか?

谷田 配信業界では次は4Kだといわれています。でも映像は4Kなのに音は192kbpsだったりするのです。だったら2Kでいいから384kbpsで配信できるサービスを作りたいと思っていたのですが、最初に周囲に相談した時は、YouTubeがあるからそんなサービスは需要がないとかなり厳しく言われました。

 なんとか周りを説得していったのですが、どういうビジネスモデルになるのかを考えた時に、目標として、達郎さんに使ってもらえるようなサービスを作りたいということでした。そのためには達郎さんのクォリティに対するこだわりを満たさないと駄目だということもあったのです。

 達郎さんの中にも、今の時期にアーティストとして何かしなくてはいけない、今までのまま留まっていてはいけないという強い気持ちもあったようです。その中で、今回達郎さんのコンテンツを配信できることになったのは事件ですし、今はどうやってこれを成功させるばかり考えています(笑)。

--達郎さんが認めたクォリティが体験できるという意味では、本当に画期的ですし、説得力もありますね。30日の配信に向けて、MUSIC/SLASHさんでは今どんな作業をされているのでしょう?

谷田 配信時に事故が起こらないように、入念に準備をしています。チケット販売も7月24日で締め切って、当日どれくらいの人数に届ければいいのか、サーバーやセキュリティのメインテナンス、オペレーションを徹底的に最適化しています。配信を楽しみにしてくれている方に、きちんとコンテンツを届けられるようにしているのです。

--今回は相当な数の視聴者が集まったのではありませんか。

谷田 チケットは枚数の予測が立てられなかったので、多いかどうかの判断も難しいですね。また今回は、価格設定をどうするかも悩みました。

 代金に見合ったサービスを提供するのはビジネスの基本ですが、僕らとしては¥4,500で達郎さんのライブを楽しめるのだからお得だと考えています。なぜならそれだけのクォリティのコンテンツが配信されると分かっているからです。その点は皆さんも期待してください。

--体験映像を拝見していて、シーンチェンジ(2分50秒過ぎのフェードアウト/フェードイン)などでブロックノイズが見受けられました。今回の配信では、映像、音それぞれどのようなマスターを使っているのですか。

谷田 体験映像はありもの素材を使っていますのでブロックノイズも出ていますが、本編ではそんなことはありません。「
氣志團万博」で収録した素材と、過去のライブ映像を配信用にマスタリングしなおしてもらっています。

画像: 株式会社SPOON代表取締役社長の谷田光晴さん

株式会社SPOON代表取締役社長の谷田光晴さん

--視聴方法として、AirPlayでのミラーリングに対応したり、再生デバイスにFire TV Stick 4Kを追加したりと細やかな対応をしています。こういった作業もMUSIC/SLASHさん内部で行っているのですか?

谷田 開発チームで対応しました。再生方法をどこまで許容するかはセキュリティとの戦いになります。本来はAirPlayもFire TV Stickも想定していなかったのですが、ユーザーさんからの要望があまりに多いので、ぎりぎり対応させてもらいました。

 Fire TV Stick 4KはStereoSound ONLINEの記事で書かれていたのも一因です(笑)。ただし、こちらについては4K版のみ動作確認ができています。2K版ではロットなどによって動作がうまくいかないこともあるようです。

--ということは、当初はテレビでの視聴は想定していなかったのですか?

谷田 PCとテレビをつないで見る人もいるだろうくらいでした。またユーザーの環境はみんな違いますから、それぞれでベストな再生環境を作ってもらうのがいいだろうと考えていました。それが音楽を楽しむこと、自分で創意工夫していい音にたどり着けたという体験につながっていくと思います。

 弊社から、この環境で聴いてくださいというだけでは、音質に対する関心が高まるチャンスを奪ってしまいます。ケーブルやコネクターで音が変わるとか、DRM、HDCPって何だ? といったところでいろいろ調べて、試行錯誤をしてもらうことから、音を楽しむことにつながっていけばと期待しています。

--今後、配信を予定しているテーマやタイトルがあったら教えてください。

谷田 申し訳ありません。MUSIC/SLASHのラインナップはギリギリまで発表しないということにしています。チケットの販売数も視聴者数も発表しません。これからもプレミアムなコンテンツを用意して皆さんに素晴らしい音楽をお届けしたいです。

 一方で、先日発表しましたが、ハイレゾ音質での配信サービス「MUSIC/SLASH Premium」を今年の12月のスタートに向けて準備しています。このサービスは96kHz/24ビットのハイレゾ音声でライブ動画配信を可能にするものです。

--こちらもありそうでなかった、音楽ファンにとっては嬉しい提案です。ハイレゾに注目されたのは谷田さんのこだわりですか?

谷田 ハイレゾがなかなか一般に広がらないのはなぜなんだろうという疑問を持っていました。そんな中で、画質の綺麗なものよりも、音質のいいものの方が人には訴えるものがあるのではないかと思ったのです。

 映像と組み合わせたハイレゾ配信があることで、音だけよりもより大きな感動を提供できるでしょうし、そうなれば、みんなにハイレゾの魅力に気づいてもらえるのではないか、音の解像度で感動を作り出せるのではないかと思っています。

 新型コロナウィルスの問題もあり、音楽をライブで楽しむ機会が激減している。それを補完する手段としての動画配信は注目されているが、品質面やセキュリティ面での安心がないと、本当にいいものは提供されないだろう。

 そんな中、“音楽と共に社会を盛り上げたい”という思いをもって登場したMUSIC/SLASHが高音質配信をスタートする、しかもそのこけら落としが山下達郎さんの貴重なライブ映像というのだから、音楽ファンとしては期待&応援せずにはいられない。まずは7月30日の『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』を最高の状態で楽しめるよう、皆さんも準備を怠りなく。

(取材・文:泉 哲也)

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