自宅でネットワークオーディオを実践している私は、得られる音質が僅かでも向上することを常に追い求めている。ネットワークオーディオの歴史はまだ浅いもので、英国リン・プロダクツが2007年に発表したDS(デジタル・ストリーム)がスタートポイント。デジタル音源をNASに蓄えておき、家庭内のLAN回線に接続された専用プレーヤーで音源を再生するという仕組みのネットワークオーディオは、それから次第に進化を遂げてきた。
CDやSACDなどの光学ディスク再生と比べて大きく異なるのは、再生できるフォーマットの自由度が格段に高いことだ。ここに登場するLUMIN(ルーミン)のフラグシップ機「X1」ネットワークプレーヤーを例にとれば、圧縮音源のMP3から768kHz/32ビットサンプリングのPCM、そして22.6MHzの1ビットDSD(DSD512)まで再生できるのだ!!
いまハイエンドなネットワークオーディオの世界で注目されているのは、ハイスペックな光ファイバー伝送と音質を吟味して製作されたオーディオファイル志向のLANケーブル、そして高音質なLANスイッチ(ハブ)の贅沢な2台使いである。これらの分野の製品に詳しい東京・早稲田のブライトーンに協力いただき、StereoSound ONLINE試聴室を使って音質変化を体験してみた。最初に試聴システムを紹介しておこう。
ネットワークプレーヤー
LUMIN X1 ¥2,000,000(税別、Silver)、¥2,200,000(税別、Black)

●接続端子:光LAN接続用SFPポート1系統、Ethernet(1000Base-T)1系統、USB端子1系統、デジタル音声出力1系統(BNC同軸)、アナログ音声出力2系統(バランス、アンバランス)
●対応サンプリング周波数/ビットレート:
USB接続時=PCM 768kHz/16〜32ビット、DSD 22.6MHz/1ビット
デジタル出力時=PCM 44.1kHz〜192kHz/16〜24ビット、DSD 2.8MHz/1ビット
●サポートフォーマット:DSD(DSF、DIFF、DoP)、FLAC、ALAC、WAV、AIFF、MP3,AAC
●寸法/質量:W350×H60×D345mm/8kg(本体)、W106×H60×D334mm/4kg(電源ユニット)

今回の試聴システム。再生機にルーミン「X1」を使い、アキュフェーズ「C3850」+「P7300」でモニターオーディオ「PL300II」を駆動した。写真右ラックの中段と下段がLANスイッチ(ハブ)のSOtM「sNH-10G」
ネットワークプレーヤーは、LUMINのX1である。同社は香港に拠点を置く、ピクセル・マジック・システムズ社のオーディオブランド。X1は2018年に発表された最新鋭機でもある。プリアンプはアキュフェーズの「C3850」。パワーアンプもアキュフェーズで、クラスABのステレオパワーアンプ「P7300」。スピーカーシステムは英国モニターオーディオの最高峰プラチナム・シリーズから、フロアスタンディング機の「PL300Ⅱ」である。ラインレベル信号はすべてバランスケーブルでの伝送だ。私がUSBメモリーで持参した試聴音源は、SSDを搭載するDELAのオーディオ専用NAS(ミュージックライブラリー)に格納しておいた。LANスイッチはバッファロー製「BS-GS2016/A」を使用。
まずは上記の組み合わせに安価なコンピューター用LANケーブルを結線しておき、私は以下の音源をひととおり聴くことにした。①手嶌葵「月のぬくもり」(CDリッピング音源) ②クリーヴランド管弦楽団「シュトラウス作曲イタリアにて」(96kHz FLACダウンロード音源) ③ビッグ・ファット・バンド「Cut n’ Run」(CDリッピング音源) ④河村尚子「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番」(DSD64 ダウンロード音源)。
この状態の再生音質に不満や問題は特に感じられず、初めて聴くことになったネットワークプレーヤーX1が本格的な音を奏でることに感心した次第。電源部を別筐体にするX1はDAC素子にESS製ES9038PROをデュアル搭載しており、スウェーデンのルンダール製ライン出力トランスフォーマーLL7401も採用している。
Step.1:sNH-10Gを試す
オーディオ専用ネットワークスイッチ
SOtM sNH-10G ¥160,000(税別)、¥180,000(税別、リクロック機能モデル)、¥200,000(リクロック機能およびマスタークロック入力機能モデル)
●接続端子:LAN端子8系統、光SFPポート2系統、10MHzクロック入力1系統(BNC)
●寸法/質量:W296×H50×D211mm/2kg


今回の試聴では、ネットワークオーディオ再生時にSOtMのLANスイッチ「sNH-10G」を使うことでどのような音質変化があるかを検証した。最初は市販のPC用LANケーブルでsNH-10Gとオーディオ用NAS、ルーミン「X1」をつないでいる

sNH-10Gには、同じくSOtMのマスタークロック「sCLK-OCX10」(¥500,000、税別、写真左)を組み合わせている。sCLK-OCX10は4つのBNCコネクターを搭載しており、最大4台の機器を接続可能だ
この状態から、LANスイッチを人気上昇中の韓国SOtM(ソム)製「sNH-10G」に換えてみた。オプションの10MHz正弦波クロック入力を装備している仕様だったので、同じくSOtMの「sCLK-OCX10」マスタークロックも用意していただき接続している。LANケーブルは安価なものから換えていない。
これだけで音のクォリティは確実に高まった! 総じて暗騒音領域に漂っている雑味というかモヤモヤした感じが消え去って、そのぶんローエンドからハイエンドまでスッキリと帯域が伸びたようなワイドレンジな印象である。
手嶌葵の聴きどころであるヴォーカル音像のセンター定位もクッキリと描かれていて、ピアノ筐体からくる低音の響きも明瞭なのだ。クリーヴランド管弦楽団の96kHz音源は2020年に発売された3枚組のSACDボックスに封入されていたダウンロードコードを使って入手したものだが、よく知られた「フニクリ・フニクラ」の旋律を含む米国屈指の名オーケストラの臨場感がアップして立体的な音が構築されるようになったのだ。これはイイ。
Step.2:X1とsNH-10Gを光ファイバーでつなぐ


音質改善の第一歩として、光ファイバーケーブルでsNH-10GとX1をつないでみた。オーディオ用NASや無線LANアダプターにはPC用ケーブルをそのまま使っている
次はネットワークオーディオの世界で話題になっている高速光ファイバー伝送を試そう。実はX1は、光伝送モジュール等に対応するSFPモジュール用ソケットを装備している。SFPとはスモール・フォームファクター・プラガブル(Small Form-Factor Pluggable)の略で、Mini-GBICとも呼ばれる。上限はギガビット伝送(1000bps)であり、さらに上をいく10Gビット伝送のSFP+との互換性はないので注意。
SFPモジュールは何種類かあって、一般的な銅線伝送のRJ45やマルチモード(光ファイバーのコア径50μm/クラッド径125μm)、シングルモード(光ファイバーのコア径9μm/クラッド径125μm)などがあり、光ファイバーの先端コネクター形状にも種類がある。ここではシングルモードのSFPモジュール(TP-Link製)を使い、当然ながら光ケーブルもシングルモード仕様。X1とsNH-10Gの両方にSFPモジュールを差し込んで高速光ファイバー伝送が完成した。
この状態で聴いた音は、確実に先ほどよりもワンランク以上の音質向上が実現できている。光伝送のメリットは、銅線伝送でつながっている機器間のグラウンド電位を完全に切り離せることなのだが、それにしても音場空間に漂う空気感が倍増したかのような情報量の豊かさが印象的だ。光伝送では電気信号を光の信号に変換するための変調回路と光信号を元の電気信号に戻すための復調回路が必要になるのだが、それによる音質悪化や解像感の低下はまったくないようで、明らかにハイグレードな音の雰囲気が得られている。
ビッグ・ファット・バンドのビッグバンド演奏は音の切れ込みが一層鋭くなり、河村尚子のピアノ独奏もDSDレコーディングらしい鮮度感の高さと打鍵の強弱のコントラストが実に鮮やかだ。手嶌葵のヴォーカルも音の浸透力がグッと高まったように感じられ、思わず聴き惚れてしまうほど。現時点で光伝送を可能にするSFP用ソケットを装備するネットワークプレーヤーは、おそらくこのX1だけ。単売されている光コンバーターを使えば他の機器でも高速光ファイバー伝送が可能になるけれども、最初から対応できているLUMINの先進性には感心してしまう。
Step.3:NASとsNH-10Gをオーディオ用LANケーブルでつなぐ


SOtMのLANケーブルとアイソレーターをパッケージ化したセットも発売されている。写真右のCAT7ケーブル「dCBL-CAT7」と中央のLANアイソレーター「iSO-CAT6 Special Edition」、左のCAT6ケーブル「iSO-CAT6 Special Edition」という組み合わせが、単売品よりもお得に手に入るものだ。iSO-CAT6 Special Editionは3種類付属しており、色によって音質が異なる(試聴時にはグレイ=中間的な音を使用)。今回は長さ2.5mのdCBL-CAT7を使ったので、定価は¥180,000(税別)
音質向上の実験はまだ続く。次は光ファイバー伝送はそのままにして、これまで安価なLANケーブルを使っていたのを、SOtM製のハイグレードなオーディオ志向のLANケーブルに交換して聴いてみた。DELAとLANスイッチの間をLANパッケージ(CAT7『dCBL-CAT7』+LANアイソレーター『iSO-CAT6 Special Edition』+CAT6『iSO-CAT6 Special Edition』)で接続する。SOtM製のハイグレードLANケーブルには、独テレガートナー製の堅牢なRJ45端子が使われていた。
高速光ファイバー伝送でかなりの音質アップが実現できていたのに、オーディオ志向の高級LANケーブルにしたら一音一音の克明さや力強さが高まった印象で、最初の状態から比べると別物のような音のハイクォリティ感だ。色彩的に例えるなら、少し淡かった感じの日本画のような繊細な音のイメージに、鮮やかな色調の力強い描画のタッチが加わったかのよう。LANケーブルは銅線伝送なのだが、そのシールド処理や振動対策が入念に行き届いているのだろうと納得できる、きわめて質の高い音なのだ。
特に印象深かったのは圧倒的に音数の多いビッグバンドとオーケストラの演奏。河村尚子のピアノでは和音の重なり合う響きもより複雑に感じられるようになったし、音場間の拡がりはより立体的でワイドになった。SOtM製の高級LANケーブルはちょっと硬めで這わせにくいのだが、音質的にはCAT7もCAT6も共に遜色なく優れているようだ。
Step4:sNH-10Gの2台使いを試す

sNH-10G同士はSOtMのCAT6ケーブル「iSO-CAT6」でつないでいる。1台のsNH-10G(ラック中段)とX1は光ファイバーで接続し、もう一台のsNH-10G(ラック左下)にはNASと無線LANアダプターをつないでいる

CAT6のオーディオ用LANケーブル「iSO-CAT6」。取材機は長さ2mで定価¥37,500(税別)
最後は、LANスイッチの2台使いである。なんとも贅沢なことではあるが、どこまで音質向上が実現できるのかと疑問を抱くオーディオファイルも多いことだろう。実は私も以前はそうだった。CDトランスポートからDACに伝送するなどデジタルオーディオ信号のリアルタイム伝送では、なるべくケーブルの長さを抑えた単距離の接続のほうが音の鮮度感の面で有利。ところが、パケット伝送が主流でLANスイッチを経由していくネットワーク伝送では一概にそうはいえないらしいのだ。これはPCとDACのUSBケーブル接続でも感じることなのだが、極端に短いケーブルを使うよりも2m程度の長さのほうが好結果に感じる場合も少なくない。
ネットワーク伝送の場合はLANスイッチの品質で音質がかなり左右するので、私はLANスイッチというのは音質的に支配力がある存在という認識に至っている。そこで、高音質(これが大事なポイント!!)なLANスイッチのダブル使いというのを過去に自宅で試してみたら、ちょっと意外なくらい音が良くなったという経験がある。それを最後の実験として試聴室で試してみたかったのだ。
DELAと1台目のSOtM製sNH-10Gの結線はさきほどのとおりで、そこから2台目のsNH-10GとはCAT6のLANケーブル「dCBL-CAT6」でつないでいる。アプリを動かすための無線LAN装置はDELAと同じLANスイッチに接続した状態だ。2台目のsNH-10GはSFP端子を使った高速光ファイバー伝送でX1につながっている。
この音質向上をなんと表現したらいいのだろう……。まさに驚異的といいたいハイエンドグレードな高精細サウンドで、視覚的にも鮮明で生々しい演奏が顕れてしまった。雑味の少なさは圧倒的で、音像描写が彫り深く混濁している感じがいっさいないのだ。
手嶌葵の清楚な歌声は抜群の咽頭力を携えて定位しているし、グランドピアノの伴奏が背景にあるステージ展開も素晴らしい。ビッグバンドは音の勢いがグンと増した印象を与えるが、音量が上がったわけではなくローレベル方向にダイナミックレンジが拡大したような高品位な音の感触である。クリーヴランド管弦楽団は開放的な音場空間に様々な楽器の音色が緻密に描かれている。河村尚子のピアノも色彩的に鮮やかなグランドピアノの音色に深みが加わったような印象で演奏の巧さと録音の素晴らしさが実感できる。
CDリッピング音源の手嶌葵とビッグ・ファット・バンドと、ハイレゾのクリーヴランド管弦楽団と河村尚子のスペックによる差異も自然に判るし、PCM(FLAC)とDSDの音の雰囲気の違いも感じられる。ここではLUMINのX1というハイエンドのネットワークプレーヤーを使用したわけだが、ケーブルやLANスイッチなどの周辺機器を洗練化することで音質が飛躍的に向上することを体験できた。ネットワークオーディオの世界はなかなか奥深く、そして楽しい!
おまけ:X1の電源ケーブルを強化する

ルーミンX1のオプション電源ケーブル「X1-X1-C」(¥330,000、税別、0.6m)。X1本体と電源ユニット間をつなぐだけで音質も大きく変化する
これで試聴が終了したとホッとしていたら、ブライトーンを主宰する福林さんがX1専用という別売電源ケーブルを見せてくれた。ウェストミンスターラボと刻印されたケーブルはX1の電源部と本体のコネクション用。「X1-X1-C」という型番で、なんと33万円(0.6m)もする。今回の試聴はデジタル伝送系の音の変化を探るのがテーマだったけれども、このようなアナログケーブルによる音質変化にも興味いっぱいの私は、最後に聴いたセッティングのままDCコネクションをX1-X1-Cに換えて聴くことに。
その結果は偉大だった……。直流電圧の伝送ケーブルを交換しただけなのだが、全体の力感がグンと増して音の鮮明さが確実にアップ。ビッグバンドの切れ込み鋭いキックドラムの踏み込みがハイスピードになり、ドスッとソリッドな低音に変貌した。立体的な音の構築もさらに前進して、手嶌葵のヴォーカルの彫りの深さや河村尚子のピアノの打音や倍音の拡がりも凄い。LUMINの他機種にも専用ケーブルが用意されているらしく、この音質変化を聴いてしまったらユーザーは降参して買い求めてしまうはず。ちょっと罪作りにも感じさせる、でも音質改善が著しいアナログケーブル交換という大きなオマケを体感してしまった。
