「小岩井ことりと山本浩司のオーディオ研究所」第3回となる今回は、小岩井ことりさんに山本浩司先生の自宅の音を体験していただきました。
ステレオサウンド試聴室とは異なる、山本先生の"音"とは、どのようなものだったのでしょうか
(編集部)

ようこそ山本邸へ

山本 今日はようこそ我が家へいらっしゃいました。Stereo Sound ONLINE「オーディオ研究所」、本当は手頃な価格の様々なタイプのスピーカーを集めステレオイメージがどう変わるかを小岩井さんに体験してもらおうと考えていたのですが、「その前にヤマモト先生の部屋の音をぜひ聴いてみたい!」とのリクエストをいただきまして、急遽我が家にお越しいただきました。

小岩井 今日は楽しみにして来ました!よろしくお願いします。

山本 はい、よろしくお願いします。ではまず購入したばかりのUSB入力がついたソウルノートS-3というSACD/CDプレーヤーでデジタル・サウンドを聴いてもらったあとに、アナログレコードをかけたいと思います。

小岩井 先生!後ろの棚にプロジェクターが見えます!ぜひ映画も体験させてください。

山本 あら、目ざといですね。じゃあ最後にスクリーン大画面とサラウンドで何か観てもらいましょう。

小岩井 うれしいです!

山本 この部屋は14年前に集合住宅の一部をリフォームしてリスニングルームとしました。広さは約6メートル×約4メートル。掃き出しの窓を2重にするなどの防音対策を施し、天井と壁の裏側をグラスウールの吸音材で埋め尽くし「全帯域一律反射・一律吸音」のメソッドに則って調音しているんです。

うちの音がどんな音かを把握してもらうには、小岩井さんの音源を再生するのがいちばんだと思うので、第1回目で聴いた「ハレのち☆ことり♪」のデジタルファイル(96kHz/24ビット FLACファイル)をまず再生してみます。スピーカーはJBL K2S9900、天板の上に超高域を受け持つスーパートゥイーターにエニグマアコースティクスSopraninoを載せています。プリアンプ・パワーアンプはオクターブのJubilee Pre、MRE220のコンビです。

画像: 【連載】小岩井ことりと山本浩司のオーディオ研究所 
第3回 山本先生のお家に行ってみた。(前編)

「ハレのち☆ことり♪」 アルバム『Harmony of birds feat. 小岩井ことり』より

山本 いかがですか。

小岩井 聴き慣れた音源なので、先生の部屋の音の特長がよくわかりました。定位がシャープで音が「力強い」。目の前でわたしが歌っている(!?)という生々しいリアリティがありました。毎日こんな音で音楽が楽しめるなんて、うらやまし過ぎます。

画像: ようこそ山本邸へ

山本 そう、こんな感じで毎日長時間音楽を聴いていますよ。

小岩井 更に面白いなと思ったのは、低音のリアリティ。床を通じてスピーカーの振動が伝わってきて、まるでライヴ会場にいるみたいな……。

山本 あっそうっすか。スピーカーの下に振動抑制ボードを入れたり、なんとか床鳴りを抑えようと、これでもいろいろ苦労してきたんだけど…(泣)。

小岩井 あれ?床が振動するのってオーディオ的には好ましいことじゃないんですか。

山本 床の振動が、スピーカーから発せられる音を汚すことになるからね。この部屋は、録音スタジオみたいに床が堅牢につくられているわけじゃないから……。

小岩井 私は心地いいと思うけどなあ。床振動。

山本 それは無駄な音と思っているわけなの、多く のオーディオマニアは。

小岩井 へぇ~めっちゃ面白いじゃんって思ったんですけど。アトラクションじゃん!って。

山本 ははは…(泣)。

小岩井 このJBLのスピーカーは、ステレオサウンドの試聴室で聴かせていただいたスピーカー(B&W800D3)よりもウーファーが大きいですよね。

山本 そうですね。ステレオサウンド試聴室で聴いてもらったスピーカー(B&W 800D3)のウーファー口径は10インチ(25センチ)で、それを片チャンネルに2基使っています。このJBLは15インチ(38センチ)1基で、振動板面積はこちらのほうが大きい。そのぶん低音のエネルギーをより大きく放射できるわけです。

小岩井 「スピーカー・リスニングの醍醐味は低音にあり」って先生、おっしゃっていましたね。

山本 そうそう。ただし、このスピーカーのウーファーの振動板はパルプコーン(紙)でとても軽いので、低域端はさほど伸びているわけではないんです。振動系を重くしたほうが低域は下に伸びるんですよ。自然素材の軽い振動版は明るくパリッとした低音が出やすい。しかも振動板面積が大きいですから、低音の量感はよく出ます。

小岩井 あ、おっしゃることよくわかります。軽くてたっぷりしてますね、低音が。

山本 ぼくはどうやらそういう低音が好きみたいです。

DAWを駆使して制作された楽曲を聴いてみる

では、次に小岩井さんの作品と同じようにDAW(Digital AudioWorkstation)のプラグインソフトを駆使してホームレコーディングされた、ビリー・アイリッシュのグラミー賞を独占したアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』から「バッド・ガイ」を再生してみます。

小岩井 最高です!面白い! 低音の迫力がすごいです。

山本 面白い音だよね。この低音は打ち込み(コンピューター)でつくっているわけだけど、この強靱でアヴァンギャルドな低音は、絶対スピーカーで聴きたいですね。ヘッドホンでは彼女がやろうとしていることがなかなかつかめないと思うんだ。

小岩井 そう思います。楽曲としては、とてもシンプルな構成だと思うんですよ。ほとんどがベース帯域で、そこにつぶやくようなヴォーカルを乗せていて。つくり手としてはベースの音をからだで体感してほしいと思っているのは間違いないですね。改めてこの曲はいいスピーカーで聴きたいと思いました。

山本 うん、ある程度低音の再生能力があるスピーカーで 聴くと、よりこの曲の面白さがわかるんじゃないかなと思います。

ではもう一曲、同じような宅録の密室サウンドで、ぼくが一時夢中になって聴いたイギリス人アーティスト、ジェイムス・ブレイクの2011年のデビュー盤『ジェイムス・ブレイク』から「ザ・ヴィルヘルム・スクリーム」を聴いてもらいます。彼は当時二十歳くらいかな。先ほど聴いたビリー・アイリッシュはまだ10代だけどね。

小岩井 初めて聴くアーティストです。

小岩井 これもすごく面白い。ヘヴィな低音にも驚かされるし、サウンドエフェクトの入れ方も興味深いです。コーラスやダブリングの使い方など、自分の音楽をクリエイトするうえで、とても参考になります。

山本 さすが現役ミュージシャンならではの感想ですね。いい音楽は、どんどん真似すればいいと思いますよ。

小岩井 ビリー・アイリッシュの「バッド・ガイ」も、ハンドクラップに舌打ちの「チッ」みたいな音が入っているのがわかって、良いギミックだなと思いました。イヤな気分を歌った曲を録るときにさりげなく舌打ち音を入れておこうかなって(笑)。

山本 でもこの記事を読んだ人に「あ、小岩井マネしたな」って言われちゃうね(笑)。

小岩井 いや、それはもう取り入れさせていただきましたって言います(笑)。

山本 ビリー・アイリッシュ、ジェイムス・ブレイクともにエフェクティヴな低音をうまく使って音楽の骨格を作っているところは共通している思うんですけど、もう一つ、音像定位と音場表現が独特で面白い。コンピューターで作った音楽なので、すべて人工的に構築されているわけだけれど、眼前に展開されるステレオピクチャーに自在に音像を配置して、響きをコントロールしている。オーディオマニアがよく使うことばに「スペース」とか「エアー」っていうのがあるんだけど、やはりステレオで聴く醍醐味はそこにあると思います。目の前にステージが現れるその面白さに気づくと音楽ファンならスピーカー・リスニングにハマっちゃうと思うんだよね。事実ぼくがそうでしたから。

画像: DAWを駆使して制作された楽曲を聴いてみる

小岩井 そうですね、聴き慣れた曲をこういう環境で聴いてもらうと、めちゃくちゃ感動してもらえると思います。とくにヘッドホンでしか音楽を聴いていないという人なら。

アナログレコードを聴いてみる

山本 それでは次にアナログレコードを聴いてもらおうと思います。小岩井さんはアナログレコードプレーヤーを持っていますか。

小岩井 いえ、持ってないです。

山本 聴いたことはある?

小岩井 あります。でもちゃんと聴いたのはほんの数回です。

山本 最初にジョニ・ミッチェルの1971年のアルバム『ブルー』から「ア・ケース・オブ・ユー」を聴いてもらいます。彼女がアコースティックギターを弾きながら歌っているのをシンプルに録った作品。再生するのはリンのKLIMAX LP12というアナログプレーヤーです。

小岩井 はぁ~。感動しました。彼女の声は倍音成分の多いふくよかで豊かな声質だと思うんですけど、その表現が抜群にいいですね。真空管マイクを使っているんじゃないかなって思いました。

山本 とてもリッチなサウンドでしたね、自分で言うのもナンですけど(笑)。さきほどのビリー・アイリッシュやジェイムス・ブレイクのああいうヘヴィな低音は、あるがままをレコードの溝になかなか刻めないんですよ。刻んだとしても、安価なプレーヤーだと針飛びしちゃうことがある。アナログの良さっていうのは、ヴォーカル帯域のミッドローからミッドレンジにかけての表情の豊かさにあると思います。音色の変化や音の抑揚にたいする追随性というと難しくなっちゃうけど、そういうところに独特の良さがありますね。それから、音のエネルギーがデジタルソース以上に訴求力があるというか、伝わってくるものが強いなと思います。

小岩井 そう、音楽に込められたエネルギーがデジタルよりアナログのほうがリアルに伝わってくる気がしました。

山本 このLPは1971年作品ですが、1950年代後半から70年代半ばくらいまでに録られたLPレコードって音がよいものが多いんですよ。当時のレコーディング・イクイップメントの性能がとても良かったんだと思います。音にこだわる現代のミキサーやエンジニアが、当時のアナログのコンプとか真空管式コンデンサーマイクとかを血マナコで探している話をよく聞きますけど、当時はそれらのイクイップメントが新製品だったりするわけで、そう考えると、音がいいのも当たり前かもしれないよね。

小岩井 なるほど!

画像: アナログレコードを聴いてみる

山本 それから、今なお聴かれているむかしの音楽は、歴史という時間のフィルターを経て名盤として残ったもので、そりゃもうすばらしいわけですよ。ぼくは1970年代の初頭からずっとレコードを聴いてるんですけど、この歳になっても中学生のときに買ったレコードで聴くものもあれば、まったく聴かなくなったものもある。まあいずれにしてもむかしの名盤は、お金と時間をかけてていねいに制作されているのは間違いないですね。

小岩井 そうですね、現代は音楽制作にお金をかけるのが難しい時代になっていて。今聴かせてもらった曲はシンプルな録音ですけど、ゴージャスな響きがしますね。お金や労力がかかってるんだろうなって思います。

山本 そうなんだよね。スタジオもむかしはすごく贅沢だったしね。今は宅録でソコソコのものはできちゃうけど、ほんとうにゴージャスでリッチなサウンドをつくるのは、とても難しくなっているような気がします。

小岩井 むかしは音楽が出来る人は数少ない、選ばれた人たちだけだったわけでしょう。今はPCやタブレットがあれば誰でも簡単に音楽制作ができるわけで…。それには一長一短あるってことですよね、きっと。

山本 そうだね。では次に1973年に発売されたイーグルスのセカンド・アルバム『ならず者』を聴いてもらいます。イーグルス、知ってるよね?

小岩井 はい知ってます。

小岩井 アコースティックギターの乾いた響きが気持ちいいし、厚みのあるコーラスの広がりがすばらしいです。メランコリックでセンチメンタルなドン・ヘンリーのヴォーカルにも聴き惚れてしまいました。音がウォームですよね。これもアナログの魅力なんでしょうか?。

山本 アナログは音があたたかいとか太いとかよく言われますが、これはメディア特性というよりも、当時のレコーディング・イクイップメントの持ち味が大きいと思いますね。

小岩井 聴き心地がデジタルよりもいい気がします。

山本 アナログレコードにはスペック的な限界があって、L/Rのチャンネルセパレーションとかダイナミックレンジとか、数字でいうとCDにはとてもかなわないんです。でもうまく録られたものを聴くと、CDに劣るとはまったく思えない。左右の音の広がりとか奥行き感、コーラスの立体的な感じとかね、音を聴くと「スペックなんぼのもんじゃい!」と思う。

小岩井 ハイレゾのデジタルファイルが解像度の高い写真だとすると、アナログは絵画。写真と絵画を比較するのは意味がないのかもしれませんね。

山本 ほほう、たしかに。

小岩井 絵には絵の良さがあって、空気感とか生々しさを感じられる作品があるじゃないですか。

山本 それ、面白い比喩だね。すごく写実的な絵が写真に勝る感動を与える場合もあるわけだし。

小岩井 ほんとにそう思います。

山本 では次に、ステレオサウンド社から発売された五輪真弓の1980年のアルバム『恋人よ』から40年前にヒットしたタイトル曲を聴いてもらいます。これ、新しくリカッティングされたアルバムなんですよ。

小岩井 お願いします。

小岩井 わたし、この曲を聴いたことがあります。

山本 あ、そうですか。あなたが生れる前のヒット曲だけど。この曲は東京で録音されていますが、このアルバムのほとんどの曲はパリ録音。ミックスはすべてパリのスタジオで行なわれています。

小岩井 え、海外、しかもパリですか。

山本 五輪さんは海外録音の草分けみたいな方なんですよ。1972年のデビュー盤はLA録音だし。そんなこともあってか、当時の日本のフォークとか歌謡曲に比べて音楽が湿っぽくないというか、洋楽的な質感の音をつくっているんですね。

小岩井 そう思いました。いい音、いい歌、いい演奏だと思います。むかしの歌謡曲とは明らかに空気感が違う。

山本 このレコードは、松下真也さんという30代前半の若いエンジニアの手によって「スタジオDede」で新たにカッティングされていますが、この松下さん、お若いのに往年のヴィンテージ・レコーディング・イクイップメントに精通されていて、このレコードでも貴重な往年のアメリカ製、ウェストレックスのカッターヘッドとスカーリーのカッティングレースが使われています。

小岩井 なるほど、すごく凝って制作されているんですね。じつはわたしもカッティングをやってみたことあるんですよ、番組で。

山本 え、そうなの?

小岩井 学研さんの「大人の科学」。トイレコードメーカーっていう玩具のマシンでカッティングをやってみたのですが、ほんとうに調整の具合によって音が激変するんですよね。

山本 へえ~そんなのあるんだ。

小岩井 DIYで。今流行っているんですよ。

山本 世間知らずですいません(笑)。さて、後編では小岩井さんのお持ちになったレコードを聴いてみましょうか。

(後編に続く)

画像: アナログレコードを聴いてご満悦な小岩井ことりさん。

アナログレコードを聴いてご満悦な小岩井ことりさん。

This article is a sponsored article by
''.