吉田拓郎のノーテンキな「結婚しようよ」が大ヒットした1972年。和製フォークにティーンネージャーの多くは熱狂し、猫も杓子も(ぼくも)フォークギターを買って簡単なコードをがちゃがちゃとかき鳴らしていたのだが、その年に五輪真弓は「少女」でデビューした。

 ロック好きの中学2年生だったぼくはこの曲を深夜放送で聴き、田舎くさくてウェットな和製フォークとはひと味異なるこの曲のかわいた洋楽テイストに強く心惹かれた記憶がある。それもそのはず「少女」を収録した五輪真弓のデビューアルバムは、女性シンガー・ソングライターの草分けキャロル・キングが参加した当時珍しい米国録音だったのである。その後も彼女はビンボーくさい日本的湿性から遠く離れたクールな楽曲を次々に発表、70〜80年代のうるさ型ポップス・ファンの支持を集めてきたのだった。

新たな装いで甦る五輪真弓の名盤

 さて、ここにご紹介するのはステレオサウンド社からSACD/CDハイブリッド盤とアナログLPで発売された五輪真弓の通算9枚目のスタジオ録音アルバム『恋人よ』(1980年発売)だ。本作は10曲中8曲がフランス録音、表題曲と「ジョーカー」の2曲のみ当時のCBSソニー信濃町スタジオで録音されている(録音エンジニアは吉田保)。ミックス作業は全曲パリで行なわれており、五輪真弓をはじめ当時のスタッフが、フランス制作ならではの落ち着いた渋い音のテイストを求めていたことがうかがい知れる(CD登場以前の1980年制作だけに、すべてアナログ機材を用いた録音・ミックス作)。

オーディオ名盤コレクション
『恋人よ/五輪真弓』

●オリジナル・アルバム発売:1980年9月
●録音:1980年6月、東京・CBSソニー信濃町スタジオ(1、6)、1980年7〜8月、フランス・パリStudios92(1、6 除く)
●録音エンジニア:吉田保(1、6)、ジャン・クロード・シャルヴィエール(1、6 除く)

  1. 恋人よ
  2. あなたは突然に
  3. ロマンプレイボーイ
  4. ジョーカー
  5. わたしの気持も知らないで
  6. ジェラシー
  7. 想い出はいつの日も
  8. 思うままの女
  9. 春便り
  10. 愛の蜃気楼(砂の城)
    ※ LPは1〜5がA面、6〜10がB面
画像1: 名盤ソフト 聴きどころ紹介15/『恋人よ/五輪真弓』 Stereo Sound REFERENCE RECORD

SACD/CDハイブリッド (ソニー・ミュージック/ステレオサウンドSSMS-036) ¥3,600+税
●仕様:SACD/CDハイブリッド盤
●マスタリングエンジニア:鈴木浩二(ソニー・ミュージックスタジオ)

   ●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_sacd/3223

画像2: 名盤ソフト 聴きどころ紹介15/『恋人よ/五輪真弓』 Stereo Sound REFERENCE RECORD

アナログレコード (ソニー・ミュージック/ステレオサウンドSSAR-043) ¥5,000+税
●仕様:33回転180g重量盤
●カッティング エンジニア:松下真也(STUDIO Dede)

   ●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_lp/3248

 SACDのマスタリングを手がけたのは、ソニー・ミュージックスタジオの鈴木浩二さん。ステレオサウンド社から発売されたソニー・ミュージック関連のSACDを担当されてきたベテラン・エンジニアで、ぼくが選曲・監修したSACD『東京・青山骨董通りの思い出』でもお世話になった。

 制作過程は以下の通り。ソニー・ミュージックが保管していたアナログのマスターテープ(4分の1インチ38cm/秒)をスチューダーA820で再生、同社が開発したA/Dコンバーターを用いて2.8MHz/DSD変換、最小限のイコライジングのみのフラットトランスファー仕様で仕上げられたという(CD層はDSDファイルからSBMダイレクトで作成)。

 ぼくの部屋で本ディスクのSACD層をじっくりと聴いてみた(プレーヤーはソウルノートS-3)。当時のアナログ録音のレベルの高さを実感させる、ワイド&フラットレスポンスを印象づけるフレッシュなサウンド。イキイキとしたキレのよいリズム・セクション、瑞々しい五輪真弓のヴォーカル、立体的に広がるサウンドステージ、すべてがオーディオファイル・クォリティと呼びたいハイレベルな音質だ。

 しかし、SACD以上にその音のすばらしさに感激したのが重量盤復刻LP。マスタリングとカッティングを担当したのは、スタジオDedeの松下真也さん。松下さんは三十代半ばとまだお若いが、歴史的なプロ用アナログ録音機器に精通しており、スタジオDedeに揃えられたヴィンテージ・イクイップメントも、必要に応じてご自身がレストアしながら最高品質を維持しているという。

 作業は、ソニー・ミュージックから供給された4分の1インチ・オリジナルマスターテープをコピー、プリントマスターを制作するところから始まった(使用したテープレコーダーは、アンペックス製アンプを搭載したテレフンケンM21を2台)。マスターテープはドルビーAノイズリダクションがエンコードされており、今回松下さんはフルディスクリート回路で組まれた、後年のオペアンプ仕様よりも音がよいドルビーラボ最初期のオリジナル・ドルビーノイズリダクションデコーダーA301を探し出し、プリントマスターに使用したという。

 ドルビーAデコードして収録したプリントマスターに、パラメトリックイコライザーや管球式コンプレッサー等を用いて音調整を施し、同スタジオ自慢の、ちょっと珍しいウェストレックス製カッターヘッドとスカーリー製カッティングレースを用いて、ラッカー盤に音溝が刻まれた(内外問わずほとんどのカッティングスタジオで使われているのは独ノイマン製)。

 マスタリングに当たっては「ファースト・プレスのLPとオリジナルマスターを聴き比べ、音の重心が低く実在感に満ちたオリジナルマスターの魅力を活かしながら、音ヌケがよくてヴォーカルが前に張り出してくるファースト・プレスのキャラクターを加えたいと考えました」と松下さんはいう。ヴォーカルについては、パラメトリックイコライザーを使って音像を前に張り出させることができたそうだ。

 故ルディ・ヴァン・ゲルダーやバーニー・グランドマンが愛用してきた米国産のウェストレックス製カッターヘッドとスカーリー製カッティングレースは「空気感が豊かで音の毛羽立った感じがうまく表現できるのが美点」と松下さんはいうが、実際にプレスされたLPの音は、SACD以上に低音のしっかりした腰の座った実在感に満ちたサウンド。音にコクがあり、ヴォーカルがSACD以上に生々しく、心の襞にしみこんでいくかのようだ。松下さんのいうウェストレックス製カッターヘッドとスカーリー製カッティングレースの魅力がリアルに伝わってくる音だった(リンKLIMAX LP12で再生)。

 媚びをいっさい感じさせない五輪真弓のまっすぐなアルトの魅力が堪能できる新たな装いのSACDとLP。ベテランのオーディオファイルのみならず多くの若い音楽ファンにぜひお聴きいただきたい逸品だ。

●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル03(5716)3239(受付時間:9:30-18:00 土日祝日を除く)

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