車椅子の男性が辿る心の軌跡をていねいに描く

 2019年のおわり、香港映画が誇る大スター、アンソニー・ウォン(黄秋生)との再会に心がときめきっぱなしだった。58歳になった彼が、10年ぶりの来日に携えてきたのは『淪落の人』。香港のみならずアジアやヨーロッパでも高い評価を得たこの作品で、彼は事故で半身不随になり車椅子生活を余儀なくされた初老の男に扮し、渾身の演技を披露している。

 夢も希望も失っていた男が若いフィリピン人のメイドと出会い、彼女の夢の実現をサポートすることで、自分の人生にも光を灯す。隔たりのあったふたりの心がじょじょに交わっていくプロセス。積み重ねるエピソードは小さくてさりげないけれど、ひとつひとつが心に響く。自らの脚本で監督デビューを果たしたオリヴァー・チャンのストレートな感性が新鮮だ。

 「彼女自身が何年も温めてきたテーマの実現だから、深い想いがていねいに描かれていると思う。商業映画の多い香港では、はじめてフィリピン人のメイドにスポットを当てた珍しいテーマの作品。それに、僕としてはずっと前からこういう役柄を演じたいと願っていた。だからこれはチャンスだと、飛びついた」

 と、インタビューで語る。聞けば、即決で出演をOK、しかもノーギャラだったという。

画像: 事故で不自由になった身体に引け目を感じ、家族とも距離を置く男性。彼の空虚な毎日は、あるフィリピン人のメイドと出会ったことで変わっていく……

事故で不自由になった身体に引け目を感じ、家族とも距離を置く男性。彼の空虚な毎日は、あるフィリピン人のメイドと出会ったことで変わっていく……

画像: 最初は言葉さえ通じず衝突ばかりしていたふたりだが、やがて不思議な信頼関係が芽生え始める

最初は言葉さえ通じず衝突ばかりしていたふたりだが、やがて不思議な信頼関係が芽生え始める

大ピンチのインタビューに手を差し伸べてくれたのは……

 彼に最初に会ったのは2005年の香港。アンソニーが2度目の香港電影金像奨(香港のアカデミー賞)最優秀男優賞を獲得した『頭文字[イニシャル]D THE MOVIE』のプロモーションだった。当時の私は、主演を務めた台湾のスーパースター=ジェイ・チョウに目をつけていたから期待は高まるいっぽう。さらに、共演した香港の若手イケメンのエディソン・チャン&ショーン・ユーも登場するというパラダイスな現場。テンションMAXで臨んだインタビューだったが……、いまは思い出すだけで赤面する。

 まぁ、エディソン&ショーンはすでに面識があったので普通にクリア。難物はアンソニーと一緒に現れたジェイだった。インタビュー慣れしていないし、シャイで寡黙だから、質問が空回りするばかりで冷や汗ダクダク。しかし、それを見かねたアンソニーは、ジェイを適度にいじって場を和ませ、撮影エピソードもちゃんと語らせ、拙いコメントに補足までしてくれて……まさに救世主。ベテラン・スターらしからぬ細やかな気遣いに大感謝だった。

 あの時、アンソニーは44歳。ジーンズにお洒落な白シャツが180センチの長身にフィットして、ロックミュージシャンのような雰囲気だった。恥ずかしながら日ごろから<under 30(30歳以下)が好きな男の基本條件>と決めていた私だったが、数少ない例外となった。ほんと、大人の色気と知性が漂い、カッコよかった。

 2度目の会見は、08年。『エグザイル/絆』で共演したフランシス・ンと一緒に来日したのだが、インタビュー時間はごくわずか。「ハードなアクションへの出演が多いけど、僕自身は静かな映画が好き。黒澤明監督の『夢』とか、いいねぇ」という言葉だけが印象に残っている。

ついに念願の1対1が実現!

 そして、昨年12月に3度目の会見。いやー、緊張しまくってドキドキが止まらなかった。3度目にして、やっとOne on One(1対1)でのインタビュー。しかも、『淪落の人』にはしこたま泣かされたばかり。聞きたいことは山ほどあるのだ。

 たとえば、民主化を叫ぶ人々が繰り返しデモをしている現在の香港。その社会にあって、どん底人生から這い上がって希望を見出す主人公を描いた本作は、現在も闘っている人々に贈るエールなのかか? たとえば、傑作『インファナル・アフェア』(02~03年)シリーズで鋭い演技を競いあったアンディ・ラウが、アン・ホイ監督の『桃(タオ)さんのしあわせ』(11年)で本作と同様の介護というテーマに挑み、等身大の枯れた演技を披露して絶賛された。その秀作に友情出演していたアンソニーとしては羨ましくなかったか? などなど……。

 思いだけがどんどん先走ってうまく簡潔な質問にならないのが、もどかしい! しかし、そのグダグダな質問を通訳担当のサミュエル周先生が巧みに伝えてくださり、さらにアンソニーの変わらぬ気遣いに助けられてなんとかインタビューは終了した。

画像: おだやかな微笑みを浮かべるアンソニー・ウォン。筆者の金子裕子さんと一緒に

おだやかな微笑みを浮かべるアンソニー・ウォン。筆者の金子裕子さんと一緒に

香港の民主化運動は“ジハード(聖戦)”だ

 香港の現状に関しては、「映画の中のメイドは貧困という物理的な理由で夢が実現できない。でも、現実の香港の若者は外的な抑圧で夢や希望が持てない。いまの香港人の戦いはジハード(聖戦)をやっている感じ。まぁ、時代が変わる時には、必ず衝撃的なことが起こるもの。戦う彼らを、香港人として誇りに思っている」と言う。

 アンソニーは2014年に香港で起こった「雨傘革命」の民主化運動を支持したことで封殺されて以来、中国・香港合作の大作への出演はご法度になっている。小規模投資作品や舞台出演などで凌いできた中で、ごく小規模な『淪落の人』の演技が高く評価され、3度目となる香港電影金像奨の最優秀男優賞を受賞したのだ。まさに快挙! である。

 「正直、この『淪落の人』の物語は現実にはありえない。でも現実の世界を描くことだけが映画の使命ではなく、“良い世の中とはこうあるべきだ”と語ることこそが本当に良い作品だと思う。観てくださった人々が“人間として、こうあるべきですね”と共感してくれることを願うばかりだね」

 自分の意思を貫き、苦境に立たされても屈せずに、俳優としての実力をきっちり見せ付けたアンソニー。男の中の男だねぇ。

『淪落の人』

2月1日(土)より 新宿武蔵野館ほか 全国順次公開  
監督:オリヴァー・チャン
声の出演:アンソニー・ウォン/クリセル・コンサンジ/サム・リー/セシリア・イップ/ヒミー・ウォン
原題:淪落人
2018年/香港/112分
配給:武蔵野エンタテインメント
NO CEILING FILM PRODUCTION LIMITED (c) 2018

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