ステレオサウンド社が2018年末にプロデュースしたロック〜ポップス系のSACD/CDハイブリッド盤全8タイトルはどれもが音楽シーンに楔を打ち込んだ傑作ばかり。4回に亘ってその全容を詳解してきたが、最終回はまずはジェイムス・テイラー(以下JT)の『JT』(1977年)。

活力が漲り、音楽的な華が前に出てくる

 シンガー・ソングライターの始祖的な存在で現在もソフト・ロックの至宝として活動している彼のまさにセンター・ラインに位置する会心作だ。ワーナーからコロムビアへ移籍しての第一弾で、盟友ピーター・アッシャーがプロデューサーに復帰。バックもワーナー初期の傑作で組んだザ・セクションのメンバーで固めた本作は一時の不完全燃焼から完全に吹っ切れた感で、楽曲のダイナミクスと唄い手としてのJTの覇気に圧倒される。といって、ゴリ押しではなく、逆にその力強い表現からこの人ならではの哀感と感傷の滋味がとめどなく流れ出てくる。

 僕は本誌の姉妹誌『ステレオサウンド』で「名曲が沁みる」と題して毎回ポップス界屈指の名曲にフォーカスを当てその背景と妙味をエッセイとして詳解しているが、『JT』のほとんどの曲はそこで取り上げるに値するほどの音楽的な栄養素と普遍的な鮮度に満ちている。たとえば、この充実作のラストを締めくくる「ハートを隠せば」。典型的なJTならではの泣けるスロー・バラードで、終盤で転調し一気にジェイムスが音域と語勢をUPする瞬間に感極まる名曲名唱だ。冒頭から官能的なジャズ・テイストのダニー・コーチマーのギター・ラインが煌めき、唯一、セクション以外から参加のクラレンス・マクドナルドのエレピは蕩けるように甘美で、絶妙のタメが効いたラス・カンケルのスネア・ショットのカッ!……カッ!……という刻みが聴く者の感情移入を深めていく。で、リー・スクラーの深泥のようになめらかに粘るベースがヴォーカルを含めた全体をコーティング。

 確かに流麗極まりなく、他の自作自演歌手、たとえばディランのような社会性や問題提起、あるいはランディ・ニューマンのような風刺精神は稀薄である。だが、それはJTがノーカンなわけではなく、多感過ぎて青春期は精神治療が必要なほどで、ドラッグ禍にも陥った彼にとってはデリカシーに基づきながら絶佳の安らぎを表現することがもっとも重要で、それが多くの人の共感を呼んだのだ。安易には使いたくない表現だが、詰まるところの“癒し”である。

 そんな力強く慰撫することにかけては無二の才能であるJTのその真骨頂が発揮された本作は、これまでもモービル・フィデリティ版やダグ・サックスによる米国コロムビア版のSACDがリリースされているが、今回のパッケージは本作発表当時のCBSソニー時代に米国から日本に送られたアナログ・マスター・テープを基にソニー・ミュージックの名匠、鈴木浩二氏が新たにマスタリング。マザーマスターそのものの個性もあり、より音楽的な華が前に出たサウンドで、SACD層ではその本作ならではの活力がサウンド空間全体に漲る。

ステレオ版SACDならではの風情が沁みる

 もう一枚はロックンロールの世界に金字塔を打ち立てた鬼才ロイ・オービソンのオールタイム・ベスト『アルティメット・コレクション』。ここに収められた1960年代前半の彼の絶頂期のヒット・シングルは基本的にはモノーラル盤で往時は聴かれていたものだ。だが、2016年にリリースされた本作はディランやジョージ・ハリスンと組んだ1988年のトラヴェリング・ウィルベリーズなど晩年の活動も含めたものなのでステレオ音源で構成。ロイならではの音楽的彩度を堪能するのにどちらがベターかは意見が分かれるかもしれないが、僕は良質なステレオ音源もあるのであれば、それを可能な限りハイスペックで聴くのが最善と考えている。R&Bやロカビリーを土壌とする独特のキュートでロマンティックなこの世界観は拡がりと伸びのあるサウンドで聴くことで侘び寂びがいっそう深まる。なので、この世界初SACD化はひじょうに意義深く、代表曲「おお、プリティ・ウーマン」は従来にないドライヴ感で愉しめるし、たとえばあのマーティン・デニーもカヴァーしたちょっと妖しげなカントリー・バラードの「リア」はパーカッションやビブラフォン、そしてストリングの音色で朴訥に描かれるが、その各楽器に施された1960年代前半らしいイノセントなエコーもステレオ版SACDならではの風情が沁みる。

 色・コク・香り三拍子揃った、まさにエヴァーグリーンな輝きを放つ2作品で、最高のスペックでその音楽的な華と雅を堪能できる。

画像: 【右】JAMES TAYLOR/JT 【左】ROY ORBISON/THE ULTIMATE COLLECTION

【右】JAMES TAYLOR/JT 【左】ROY ORBISON/THE ULTIMATE COLLECTION

SACD/CDハイブリッド
ステレオサウンド オーディオ名盤コレクション

【写真右】ジェイムス・テイラー『JT』(ステレオサウンド/ソニー・ミュージックSSVS-003) ¥3,780(税込)●1977年作品

【写真左】ロイ・オービソン 『アルティメット・コレクション』(ステレオサウンド/ソニー・ミュージックSSVS-006) ¥4,500(税込)●2016年作品

●問合せ先:㈱ステレオサウンド販売部 通販専用ダイヤル 03(5716)3239(受付時間:9:30-18:00 土日祝日を除く)

●ご購入はこちら→ https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/c/rs_ss_amc_pps

This article is a sponsored article by
''.