ステレオサウンド社が2018年末にプロデュースしたロック〜ポップス系のSACD/CDハイブリッド盤全8タイトルはどれもが音楽シーンに楔を打ち込んだ傑作ばかり。4回に亘ってその全容を詳解しているが、3回目の今回はジャズ・ヴォーカル2作品で、まずはナット・キング・コールの『恋こそはすべて』(1957年)。その蕩けるようなバラードの彩りはあらゆる人間に雑事を忘れさせ、ロマンティックで甘美な世界に誘う。まさに音楽のマジックだ。シンガーとしての存在感が絶大なので、若いリスナーの間ではあまり知られていないかもしれないが、元々ナットはピアノ・トリオのバンドマスターで、当初はあまり唄うことはなかったが、酔客の要望や座元との駆け引きのために次第に唄にも注力し始める。洒脱なピアノ演奏と小粋なヴォーカルを両立させた音楽的なコクと香りもまた絶品で、その闊達なバンド・スタイルでそのままとことんまで究めていたなら? という想いも頭を過ぎる(生で観るなら絶対そっちだと僕も思う)。

史上屈指の金字塔を高純度で堪能できる

 しかし、ゴードン・ジェンキンスが素晴らしいストリングス・アレンジを施し醸成したこの『恋こそはすべて』の雅な世界と、そこから醸出される圧倒的な情感は大衆音楽事史上屈指の金字塔として半世紀後の今も際立っている。ジャズ・ピアニストとしての志向も強かったナットをポピュラー歌手としての路線に誘導したキャピトル・レコードのその慧眼には感服せざるを得ない。

 で、そんなキャピトル屈指の音楽資産を同社のトップ・エンジニアであるロバート・ヴォスジェンが新たにオリジナル・マスターからDSD化したのが今回のディスクである。往時はモノーラル全盛だったが、本作はステレオ音源も別系統で同時収録され、それが後日キャピトル初のステレオ盤としても発売されている。今回のパッケージにはその双方が収録され、しかもハイブリッド。ゆえに計4系統の『恋こそはすべて』が収められているのは嬉しくも悩ましい。

 まずは、印象的なチェロの独奏から始まる冒頭の「恋に落ちた時」を聴くとストリングスの伸びはステレオ版が優位。モノーラル派ならSACDではなく、むしろCD版でより腰の据わった(!?)、そして適度に潰れ凝縮感のあるヴォーカル音像の方が聴感上は好ましいかもしれない。霊長類が生み出した最良のバラード「スターダスト」でのナット・キング・コールのその羽毛のように繊細で崇高な風合いはやはりドリーミーな拡がりを満喫できるステレオ版SACDにとどめを刺す。

 本作が創られた50年代は甘く囁くクルーナー全盛期だったが、僕の感覚ではその多くは演色が過多で、しかしナット・キング・コールはまるで楽曲に最敬礼しているかの如くひたすら実直に唄う。今回のステレオ音源のSACD層はそんな控えめでCALMな佇まいだからこその高純度な芳醇の微妙を最大限に堪能させてくれる。

これぞSACD化の恩恵。艶めかしい“唄”が迫る

 アン・バートンの3rdアルバム『シングス・フォー・ラヴァーズ』(1972年)も同様に実直でインティメイトな唄いっぷりが深く心に沁みる名盤だ。オランダ人ジャズ・シンガーとして殊に我が国で人気が高かった彼女は34歳の時に『ブルー・バートン』(1967年)でレコード・デビュー。第二作を含めたルイス・ヴァン・ダイク(p)とのコラボレーションの軽妙洒脱なタッチは決して悪くはないが、個人的には欠かせないほどの魅力は感じられない。しかし、一転して自身と音楽との呼吸を純化するかの如く朴訥に一言一言噛み締めるように唄うこの『シングス・フォー・ラヴァーズ』での抑制的な表現は逆説的にきわめて雄弁で、その深い“唄の情”に取り込まれてしまう。

 この作品はビートルズやジェイムズ・テイラー等ポップス・ナンバーのカヴァーも多いにもかかわらず、彼女のシンガーとしての佇まいは実直そのもので、そこに過度な自己陶酔もまったく感じられない。もともと至近距離で唄っているかのような艶めかしさが持ち味のアルバムだが、今回の世界初SACD化はひじょうに恩恵が大きく、CD層からSACD層に切り替えると彼女との距離がさらに半分に縮まる。ヴォーカル表面の薄皮も完全に除去されたかのようで、間奏でのギターの甘い語り口もその糖度が一段と増す。

 神秘的でさえあるナット・キング・コールの最高傑作と、限りなくプリミティヴに人間性を吐露するアン・バートンの超好盤。ジャズ・ヴォーカルという表現形態の真髄をそれぞれに突いたこの2作品がハイエンドな品質と品格で今回パッケージ化された意義は大きい。

画像: NAT KING COLE/LOVE IS THE THING(左)、ANN BURTON/SINGS FOR LOVERS AND OTHER STRANGERS(右)

NAT KING COLE/LOVE IS THE THING(左)、ANN BURTON/SINGS FOR LOVERS AND OTHER STRANGERS(右)

SACD/CDハイブリッド
ステレオサウンド オーディオ名盤コレクション

【写真左】ナット・キング・コール 『恋こそはすべて』(ステレオサウンド/ユニバーサル・ミュージックSSVS-010)¥4,500(税込)●1957年作品●ステレオ/モノーラルの2種類の音声を収録

【写真右】アン・バートン 『シングス・フォー・ラヴァーズ』(ステレオサウンド/ソニー・ミュージックSSVS-007)¥3,780(税込)●1972年作品

●問合せ先:㈱ステレオサウンド販売部 通販専用ダイヤル 03(5716)3239(受付時間:9:30-18:00 土日祝日を除く)

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