連載「4K(8K)深掘り」で紹介した通り、麻倉さんのお宅では8K用HDDレコーダーのシャープ「8R-C80A1」がフル稼働状態だ。加えて4K放送についても、複数台のレコーダーを駆使してエアチェックに励んでいるという。その中でも注目はNHK BS4Kの「4Kシアター」で、各作品のレベルの高さに感心することしきりとか。そこで今回は、NHK編成局 展開戦略推進部 チーフプロデューサー 坂本朋彦さんに、7月以降の4K映画番組の展開をうかがうことにした。

——今日はお時間をいただきありがとうございます。坂本さんには先日も4K映画に関するインタビューにご協力いただきました。今回はそれに続き、麻倉さんが気になっている点を含めてより細かいお話をうかがいたいと思っております。

麻倉 よろしくお願いいたします。僕は4K8K愛好家として、気になる番組をすべてチェックしていますが、中でも「4Kシアター」は、量・質ともにひじょうにレベルが高いと感じています。

坂本 ありがとうございます。「4Kシアター」は、毎週土曜日21時から初回放送を行ない、その翌週の11時半から同じタイトルを再放送しています。番組内容が変更になる場合もありますが、基本的にはこのスケジュールです。水曜日にも不定期で映画番組を放送させてもらうこともあります。

麻倉 まずは今後の目玉番組を教えて下さい。

坂本 主なところでは、7月20日(土)21時と、翌週の27日(土)11時30分から『第三の男』、同じく27日の21時からダスティン・ホフマンの『卒業』を放送します。

麻倉 まさにゴールデンセレクションですね。『卒業』がこのタイミングで放送されるとは思いませんでした。

坂本 『卒業』はジョセフ・E・レヴィンが設立したインディペンデント映画会社であるエンパシー・ピクチャーズの作品です。先般4Kマスターが作られたので、4Kでも放送できることになりました。

麻倉 こうなると8月以降もどんな作品がでてくるのか楽しみです。ところで、これまで何本くらいの映画が放送されたのでしょう?

坂本 開局以来、ほぼ毎週末に1本放送していますので、6月末で約30本といったところです。再放送もありますので、放送回数はもっと多くなります。

麻倉 BS8Kは『2001年宇宙の旅』と『マイ・フェア・レディ』の2本ですが、4Kは30本もあったのですね。この本数の違いは、やはり8Kマスターが少ないせいでしょうか?

坂本 4Kについては映画会社さんが独自にマスター制作を進めていますが、8Kについてはマスターをお持ちのところがほとんどありません。

 『2001年〜』と『マイ・フェア〜』に関しても、私どもから映画会社さんに8Kで放送しませんかと提案したところから始まっています。その後、ネガフィルムからの8Kスキャンなどを経て映画会社さんが仕上げたマスターをお借りして、8Kでオンエアしました。字幕を加えるなどの放送用マスターに変換する作業はNHKで行なっています。

 8Kの場合はこういったプロセスが必要ですが、4Kの場合は既にあるマスターをお借りしていますので、素材の調達という意味ではスムーズです。

麻倉 ただ、映画会社が4K素材を持っていたとしても、番組編成のためにはNHKもどんなタイトルがあるかを知っていないと駄目ですよね。そういった情報は映画会社から届くのですか?

坂本 映画会社さんとは、これまでも長くお付き合いさせていただいていますので、どんなラインナップがあるかという情報は共有できています。その中から、放送期間や回数の相談をさせていただくという順番で交渉をしていきます。作品ごとに条件が違いますので、基本的には都度都度の交渉になります。

麻倉 「4Kシアター」は再放送がありますが、8Kの映画作品も複数回契約なのですか?

坂本 はい。『2001年〜』は7月7日に再々放送しましたし、これからも機会を見て検討していく予定です。もともとこの作品は映画会社さんに8K化を打診してから放送が実現するまでに1年半くらいかかっていますので、大切にしていきたいと思っています。

画像: 渋谷のNHKにお邪魔して、坂本さんにインタビューを実施。麻倉さんとおふたりで、映画談義で盛り上がっていた

渋谷のNHKにお邪魔して、坂本さんにインタビューを実施。麻倉さんとおふたりで、映画談義で盛り上がっていた

麻倉 ところで、「4Kシアター」の番組編成は、どういった点に留意しているのでしょう?

坂本 編成自体はそれぞれのチャンネルの編集長と編成職員で決めています。私から“こんな作品はどうですか?”と提案して、他の番組の内容などを踏まえた上で検討しています。

 昨年12月の開局時は、8Kが洋画作品でしたので、4Kの映画は日本映画でいきたいといった話が4K担当者からありました。そこで黒澤監督や溝口監督、小津監督の作品を集めたという経緯もあります。

麻倉 ちなみに、最近はどんなテーマで選んでいるのでしょう?

坂本 私が考えているのは“4Kで観るのに相応しい作品”ということです。基本的なコンセプトとしては、皆さんがよくご存知で高い評価を受けた作品が4Kになって、高品質で楽しめるといいと心がけています。

 27日放送の『卒業』は60年代後半の作品で、当時としてはひじょうに珍しい、光線の反射を捉えるといった演出をアメリカ映画に取り入れたことが注目されました。

 私自身がこの作品を劇場で見たのは高校生の頃でしたが、既にリバイバル上映版でフィルムも傷がついていました。しかし今回の4K放送では、かなり綺麗にご覧いただけると思います。

麻倉 まさに新風、画期的な作品だったわけですよね。確かにプールで光が反射するシーンなど、印象的でした。

坂本 モノクロ作品も4K化の恩恵が大きく、映像情報が増えてわかりやすくなっています。20日放送の『第三の男』も、いわゆるフィルム・ノワールで、白と黒のコントラストが強烈な映画なので、期待できるでしょう。

麻倉 それは楽しみですね。僕も『第三の男』は大好きですが、これまではDVD、ブルーレイともややノイジーな印象があり、画質的にはいまいちでした。

 しかし作品としては陰影の演出が見事で、暗がりにサーチライトが当たってそこからオーソン・ウェルズが顔を出すなと、印象的なシーンが多くあります。そこが4Kでどう見えるのか、興味があります。

坂本 アカデミー賞で撮影賞に選ばれたのも納得だと思いますが、その暗部情報がどう再現されるか、ご期待下さい。

麻倉 ところで、坂本さんは4Kで映画を観る恩恵や価値をどう考えているのでしょうか?

坂本 ずうずうしい言い方をさせてもらうと、「再発見」だと思います。こんな所までも写っているんだとか、ここはこんな色だったんだという驚きです。

 もちろんその作品を初めて観る方もいらっしゃると思いますが、4Kであれば、映画館で初公開された時と情報量としては同じくらいあると思いますから、それはそれで幸せなのではないかと考えています。

麻倉 現在のラインナップはクラシック作品が中心ですから、視聴者も一度は観たことがある作品が多いと思います。となると、無意識に当時の記憶と照らし合わせもするでしょうし、4Kで見直すことで新しい発見もあるでしょう。多くの人がそんな体験をしてくれるといいですね。

坂本 そう願っています。例えば黒澤監督の『乱』の兜は、これまでは赤だと思っていたけれど、4Kで見たらもう少し朱に近かったのです。『アラビアのロレンス』でも、青空に微妙に雲が残っているとか、オマー・シャリフの衣装に微妙に赤が混じっていたりするといったところまでわかってもらえるはずです。

 『Shall we ダンス?』でも、草刈民代さんの靴の細かいデザインまで見えてくるし、竹中直人さんのカツラが取れてしまうシーンでは、周防監督がどんな演出をしているかまで分かりました。こういったディテイルまで理解できるのが、4Kの魅力だと思います。

麻倉 確かに4Kで見ると画面から情報が押し寄せてくるので、とてもメッセージ性が高く、映像と対話できるように感じるほどです。

坂本 劇場とは違う没入感を楽しんでいただきたいですね。

麻倉 ところで、先ほど4K放送は劇場公開時と同じくらいの情報があるとおっしゃいましたが、僕はそれ以上だと考えています。

 というのも、フィルム作品の上映にはデュープしたポジフィルムが使われています。しかし今回はオリジナルネガか、それに準じる素材から4Kスキャンしているはずで、制作者しか見ことがない映像が再現できるのです。それが4K放送の大きなメリットではないでしょうか。

坂本 おっしゃる通りだと思います。フィルムが主流だった2000年頃までは、劇場に上映用プリントがデリバリーされていました。7月の放送作品はその時代のものが多いので、4K放送でご覧いただく価値は大きいでしょう。

 NHKとしてはデジタル制作された作品を4Kで放送するということは、今のところ考えていません。既に放送した作品も、すべてフィルム制作です。

麻倉 それは何かポリシーがあるのですか?

坂本 そういうわけではありませんが、現状は“蘇る”とか“再発見”という切り口で4K映画を編成していこうと考えています。

画像: お話をうかがった、NHK 編成局 展開戦略推進部 チーフプロデューサー 坂本朋彦さん

お話をうかがった、NHK 編成局 展開戦略推進部 チーフプロデューサー 坂本朋彦さん

——ちなみに、「4Kシアター」で放送された中からお気に入りを選ぶとしたら、麻倉さんの順位はどうなりますか?

麻倉 ベストワンは『アラビアの〜』です。2位は『スティング』と『ニュー・シネマ・パラダイス』が同着でしょうか。その次は『追憶』を入れましょう。先日の『シコふんじゃった』もよかったです。

 1位の『アラビアの〜』については、5年ほど前に4Kレストアの取材でロサンゼルスのプロダクションにお邪魔したことがあります。PCがずらっと並んでいて、100人近いスタッフで1年がかりで作業したと話していました。

 そのときに4Kレストアした映像を見せてもらいましたが、当時4Kで作業していることも凄かったし、こんなに綺麗になるのかと感動したことを覚えています。先日の「4Kシアター」もひじょうにクリアーな映像で、そのときの驚きが蘇りました。

坂本 素材の詳細までは私たちには分かりかねますが、発色は相当いいのではないかと感じています。

 ちなみに『ニュー・シネマ〜』は、イタリアのボローニャにある、Cineteca di Bologna(シネテッカ・デ・ボローニャ)というフィルムアーカイブの協力で4Kレストアを行なったそうです。

 冒頭に修復についての解説が流れますが、それによると監督のジョゼッペ・トルナトーレと撮影監督のブラスコ・ジュラートが立ち会って、レストアしているようです。

麻倉 そこまできちんと表記してくれると、この色が監督の狙ったものだと安心できます。オリジナルネガからのスキャンかどうかは書かれていないのですか?

坂本 そこまでは分かりませんが、監督と撮影監督がスーパーバイザーとして監修して作ったマスターを使って放送した、ということは間違いないと思います。

麻倉 その他の作品では、『スティング』も優しい印象でよかったですね。

坂本 『スティング』は、映像そのものが30年代の雰囲気を出そうという狙いで、発色も抑えめで、フォーカスもややソフトになっています。そのため、過去のDVDやブルーレイでは映像が甘く感じられることもあったようです。しかし今回の4K放送では、そんなソフトフォーカスならではの魅力を感じ取ってもらえたのではないでしょうか。

麻倉 僕はそういった画調を、「精細化したソフトフォーカス」と呼んでいます。確かにフォーカスもそうでしたが、4K放送では何よりグラデーションが豊かです。

坂本 『スティング』はそもそもスター映画ですから、ロバート・レッドフォードとポール・ニューマンを盛り上げるために、衣装やライティングに細かい配慮がなされています。グラデーションが細かいのも、それ故なのでしょう。

 衣装の再現もそうですが、ロバート・レッドフォードが落ちぶれた詐欺師から次第に変貌していく様なども、4Kならさらにはっきりわかってもらえるのではないでしょうか。

麻倉 4Kではそういった制作者の意図がよく伝わってきます。映画はストーリーも大切ですが、それを支える絵づくりや色遣いも重要です。そのことが4Kを見ているとたいへんよく分かります。

坂本 視聴者が意識していなかったとしても、そういった情報を受け取っていることは大切ですからね。これまでは映画館に行かなくては分からなかった情報まで、4Kなら自宅で気軽にご覧いただける、その価値は大きいと思います。

麻倉 HDR(HLG)での放送は『戦場にかける橋』だけだったと記憶していますが、今後の予定はどうなのでしょう?

坂本 われわれは映画会社さんがお持ちの素材をそのまま使わせてもらっていますので、マスター次第ということになるでしょう。

麻倉 BS4KではUHDブルーレイで発売されていない作品も多く放送してくれるので、エアチェックファンとしては嬉しく思っています。今後もその姿勢は貫いて欲しいですね。

——最後に、坂本さんから7月以降の映画番組のお薦めポイントを紹介して下さい。

坂本 『第三の男』『卒業』とも初放送ですので、ご注目いただきたいと思います。『第三の男』ではモノクロ作品ならではの表現を、『卒業』では50年前に新鮮だった演出や、サイモン&ガーファンクルの音楽を楽しんで下さい。

麻倉 4K映画がこれだけの品質で放送されている国は日本だけです。いっそうのコンテンツ充実をお願いいたします。

坂本 ありがとうございます。ぜひ多くの皆様に4K8K放送を楽しんでいただけるよう頑張りますので、ご期待下さい。

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