“○○依存症”はいつ誰がなっても不思議ではない

 もともとそれほどバカ飲みをするほうではないし、まずは自分から調べてみよう。

 アサヒビールのHPの隅っこのほうに「人とお酒のイイ関係」というコーナーがあり、そこに掲載されているふたつの「アルコール依存症自己診断テスト」をやってみた。

 これなら軽いもん。出てきた答えは、ホントかよ! 「危険性の高い飲酒者群」と「要注意群」。まあ、依存症というのは脳内に快楽ホルモンであるドーパミンが出て、やがてそれを目的に自己コントロールができなくなる病だから、まだ大丈夫だろう、たぶん。

 お酒だけではない。タバコや薬物、ギャンブル。恋愛やセックス。買い物やインターネット、盗癖やDVも依存症に結びつくという。ドーパミンはやる気ホルモンとも呼ばれ、仕事の達成感とも関係しているのだ。

 世界は依存症だらけ。誰もが孤独や痛みから逃れるために、いつバランスを失っても不思議ではない。

 アルコール依存症で、車椅子に乗った漫画家のお話。この『ドント・ウォーリー』は、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』や『ミルク』の名匠ガス・ヴァン・サント監督の最新作だ。

画像: 赤毛の風刺漫画家、ジョン・キャラハン。彼は、かつてロビン・ウィリアムズが映画化を熱望していた人物でもある。その遺志を継ぎ、ホアキン・フェニックスが魂を吹き込む!

赤毛の風刺漫画家、ジョン・キャラハン。彼は、かつてロビン・ウィリアムズが映画化を熱望していた人物でもある。その遺志を継ぎ、ホアキン・フェニックスが魂を吹き込む!

車椅子の漫画家、ジョン・キャラハンがたどる心の軌跡

 主人公は、監督が長く暮らす米国北西部オレゴン州ポートランドの街で活動した実在の人物ジョン・キャラハン。

 依存症は多くの場合、罪の意識を伴っている。目が覚めると酒が欲しくなり、人目を気にしながら店で購入。我慢出来ずに車の陰に隠れてラッパ飲みするこの映画のキャラハン(ホアキン・フェニックス)のように。

画像: 日がな一日酒をあおるキャラハン。それが取り返しのつかない事態を招く……

日がな一日酒をあおるキャラハン。それが取り返しのつかない事態を招く……

 その晩、意気投合した男デクスター(『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラック)とバーやパーティをハシゴ。前後不覚になるまで飲み、ハンドルを握りながら窓を開けてリヴァースしたりしていたふたりは、運転を誤り電柱に激突。気がついたときはベッドに固定され、キャラハンは医師より生涯首から下が動かぬ麻痺状態がつづくことを告げられる。

画像: 泥酔した異様なテンションで車に乗るふたり。事故は必然だったといえるだろう

泥酔した異様なテンションで車に乗るふたり。事故は必然だったといえるだろう

 自分の足で歩けたころ。病院でのリハビリ。ふたつの講演会。「ふざけるな! 俺は日がな1日、身障者なんだ。こんなことってあるか!」と車椅子の上でも酒を飲んでしまい、生活を立て直すため参加するAA(Alcoholics Anonymous=アルコール中毒者更生会)。いくつもの場所と時制が前後しながら繋げられ、キャラハンの回復が描かれてゆく。

名匠ガス・ヴァン・サントが描き出す独特の浮遊感

 けれどもこの映画、ちょっと妙なのだ。怪我を負ってから出会う恋人(『キャロル』のルーニー・マーラ)との交流も描かれるけれど、現実味がない。詐欺師のような俳優(褒め言葉ですよ)『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョナ・ヒルがうさんくさいAAの主宰者を演じており、主役のキャラハンを含め共感できるキャラがひとりも登場しないのだ。

 大ホールでの講演会の客席にはそれまでの登場人物が座っており、なんだか往年のフェリーニ映画風の(小さな)喝采のよう。キャラハンが見る自分を捨てた母親の幻影は、デイヴィッド・リンチ的なヘタウマ合成画面で進行する。

 どこまでが現実で、どこからが車椅子の上で見た夢なのか判らない物語、というふうにぼくは楽しんだ。

画像: 女神のような恋人アヌを演じるのはルーニー・マーラー。手に取ろうとしたら消えてしまいそうな、不思議で儚げな存在感は彼女ならではだ

女神のような恋人アヌを演じるのはルーニー・マーラー。手に取ろうとしたら消えてしまいそうな、不思議で儚げな存在感は彼女ならではだ

画像: 何ともうさんくさい雰囲気を醸し出すAAの主宰者に、ダイエット→リバウンド→再びダイエットに成功したことでも話題となったジョナ・ヒル。ガス・ヴァン・サントはこの役にコメディアンを考えており、コメディもシリアスもできる彼が起用された

何ともうさんくさい雰囲気を醸し出すAAの主宰者に、ダイエット→リバウンド→再びダイエットに成功したことでも話題となったジョナ・ヒル。ガス・ヴァン・サントはこの役にコメディアンを考えており、コメディもシリアスもできる彼が起用された

 主人公たちに親愛を寄せるけれど、同時に少し離れた場所からその落下を見る客観性を併せ持つ。それが脆(もろ)いロマンチシズムとして実を結ぶ。

 このヴァン・サント監督作品ならではの浮遊感は、「ポートランド三部作」と呼ばれた初期の『マラノーチェ』(1985年)、『ドラッグストア・カウボーイ』(1989年)、そして『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)からあったもの。今回その感覚が蘇ったのは、馴染みの街ポートランドを舞台にした作品だからかもしれない。

重なるキャラハンとホアキンのカッコよさ!

 そしてなにより、赤毛の風刺漫画家を演じたホアキン・フェニックスの素晴らしさだ! 

 ヴァン・サント作品に出演するのはこれが2度目。ニコール・キッドマン主演の『誘う女』(1995年)に、狂った上昇志向を持つ彼女に骨抜きにされ、旦那殺しを請け負う高校生役で出演していた。

 このとき21歳。『誘う女』には当時20歳のケイシー・アフレックが自分の名前も書けないような遊び仲間役で共演しており、ふたりが現在ではアカデミー賞の常連になったことを思えば先見の明というべきだろう。キッドマンがゴールデン・グローブ賞の女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞し、演技力に磨きをかけ始めたのもこのころからだ。

 酔っぱらい、全身麻痺となり、母親の幻影に泣くホアキン。やがてキャラハンは動かぬ両手で黒のサインペンを握り、ヒトコマ漫画を描き始める。

 それが“俺は盲目の黒人だが、歌は歌えないぜ”というようなタチの悪いものばかりで、街中でファンに絶賛されたかと思えば、今度は通りすがりのお婆さんから「吐き気がするわ!」と毛虫のように嫌われ、怒鳴リつけられる。

 だいたい原作になったキャラハンの自伝(1989年刊行)からして「DON'T WORRY, HE WON'T GET FAR ON FOOT」(心配するな。彼は遠くまでは歩けないから。映画の原題もコレ)というひとを喰ったものなのだ。

画像: これがその「DON'T WORRY, HE WON'T GET FAR ON FOOT」の漫画。なおキャラハンはミュージシャンでもあり、本作のエンドロールでその歌声を聴くことができる

これがその「DON'T WORRY, HE WON'T GET FAR ON FOOT」の漫画。なおキャラハンはミュージシャンでもあり、本作のエンドロールでその歌声を聴くことができる

 当時ヴァン・サント監督が街角で見かけたという、猛スピードで車椅子を走らせるホアキン(キャラハン)の素晴らしい場面がある。メチャクチャにカッコイイ! 俺は俺の好きなことをやる。お前はお前の好きなことをやれ、というパンク・ロックの芯を貫く格好良さだ。

 ホアキンの新作で期待大々なのは、今秋公開予定のDC映画『ジョーカー』だろう。ネットに上がったティーザー・トレーラー(特報)が、また泣きたいくらいカッコイイ。

『ダークナイト』のヒース・レジャーと張り合うのだから、自信がなければ受けなかったはず。弟の活躍を、兄のリヴァー・フェニックスは天国のどこから眺めているのだろう。

『ドント・ウォーリー』

監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン
原作:ジョン・キャラハン
原題:Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot
2018年/アメリカ/英語/115分/カラー/PG12
配給:東京テアトル
5月3日(金・祝)ヒューマントラストシネマ有楽町・
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他全国順次公開
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