『ROMA/ローマ』で2度目のアカデミー賞監督賞を受賞

 『ゼロ・グラビティ』(13年)に次いで、2度目のアカデミー賞監督賞に輝いたメキシコ人監督アルフォンソ・キュアロン。同時に外国語映画賞・撮影賞も受賞した『ROMA/ローマ』は、半自伝的な物語となっている。メキシコシティ郊外にあるコロニア・ローマに住む医者の一家と家政婦の日常を淡々と追うカメラは、ドキュメンタリーのような味わいをかもし出し、批評家からも絶賛された秀作だ。

画像: Netflixでの配信作品にも関わらず、アカデミー賞3部門を受賞した『ROMA/ローマ』。これは今後のアカデミー賞の在り方を変える出来事となるか? なお日本でも劇場公開はされない予定だったが、アカデミー賞受賞後に一部の映画館で公開が始まった

Netflixでの配信作品にも関わらず、アカデミー賞3部門を受賞した『ROMA/ローマ』。これは今後のアカデミー賞の在り方を変える出来事となるか? なお日本でも劇場公開はされない予定だったが、アカデミー賞受賞後に一部の映画館で公開が始まった

 宇宙空間に放り出された人間の極限を描く『ゼロ・グラビティ』にも驚かされたけれど、それでもあの作品は観客が大好きなSF・ヒューマン・サスペンスだった。しかし『ROMA/ローマ』は、娯楽性を無視した作家性の極めて強い作品。あのキュアロンが、こんな映画を撮ってしまうなんて……お見それしました!

画像: メイキングより。左がアルフォンソ・キュアロン監督。主演のヤリッツァ・アパリシオ(右)は本作がデビューにも関わらず、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた

メイキングより。左がアルフォンソ・キュアロン監督。主演のヤリッツァ・アパリシオ(右)は本作がデビューにも関わらず、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた

メキシコ時代のキュアロンは“才能あふれるおバカ”だった!?

 私はハリウッドに進出する前のキュアロンに会っている。1992年、ショーン・コネリー主演『ザ・スタンド』の撮影が行なわれているメキシコの密林で取材をし、帰路で寄ったメキシコシティ。引率してくれた映画会社の宣伝マンがじつに顔の広い人で、当時、キュアロンをマネジメントしていた女性プロデューサーと知り合いだったのだ。

 その彼女が日本のジャーナリストたちに紹介したい新人監督がいると言い出し、急きょ、彼の長編第1作『最も危険な愛し方』(91年/未)のビデオをホテルの部屋で観てからの会見となった。

 レストランに現れたキュアロンは、ジーンズに黒いジャケットを羽織ったチャラいあんちゃん風で、30歳とは思えないほどテンションが高かった。我々が日本人と知るや「ウルトラマン!」を連呼。いかにウルトラマンが好きか、いかにウルトラマンが素晴らしいかを際限なく語りだす。

 そして女性プロデューサーは、そんな姿を横目に見ながら「このコ、才能は絶対的にあるのよ。でもバカだから……。ハリウッドから誘いが来ているけど、成功すると思う?」。その言葉に大笑いをしたけれど、『最も危険な愛し方』を観ていた私としては、バカというより、やっぱり極め付けのオタクだと確信したのだった。

画像: トロント国際映画祭にて。アカデミー賞での知的な受賞スピーチなどを聴いても、〝チャラい”と言われる過去があったとは信じがたい

トロント国際映画祭にて。アカデミー賞での知的な受賞スピーチなどを聴いても、〝チャラい”と言われる過去があったとは信じがたい

 くだんの作品は、女たらしの主人公がエイズと診断されるが、じつはかつて彼に捨てられた看護師が復讐のために診断書を改ざんしていたという展開だ。88年に公開されたダニエル・デイ=ルイス主演の『存在の耐えられない軽さ』を随所に彷彿とせる、というよりほぼパクリ(笑)。ただし、メキシカンなお笑いの味付けが巧妙にされているのには感心した。そんな感想を伝えると、これまた爆笑のコメントが。

 「さすが日本人ジャーナリストにはバレたか。ほとんどのメキシコ人はああいう小難しい映画は観ないから、誰も気がつかないんだ(笑)」

たった3作でハリウッドでの成功をつかんだ才能

 キュアロンは、その3年後に『リトル・プリンセス』(95年)でハリウッド・デビューを果たし、98年には当時売れっ子だったイーサン・ホークとグウィネス・パルトロウが出演する『大いなる遺産』の監督に抜擢された。

 再会したのは、この大作のニューヨーク・ジャンケット。しかし、売り出し中の若手監督は多忙を極め、ほんの15分ほどの会見となった。ろくな話もできなかったが、日本から携えていったウルトラマン型の目覚まし時計を贈ると、満面の笑みを見せた。

 じつは、このハリウッドで撮った2作、周囲の期待に反して評判はイマイチ。しかも、その後メキシコに帰って撮った『天国の口、終りの楽園。』(01年)がアカデミー賞脚本賞候補になり好評だったものだから、私としては「このままハリウッドを去る?」と心配していた。

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 ところが、大人気シリーズ第3作『ハリー・ポッターとアズガバンの囚人』(04年)にまたもや大抜擢され、期待以上の好評価を得た。この作品で、ハリウッドにくさびを打ったとも言えるだろう。

 3度目の会見は、本作のロンドン・ジャンケット。2004年、42歳になったキュアロンにチャラいあんちゃんの面影はなく、理路整然と落ち着いた語り口だった。その変貌ぶりに戸惑いつつも、最後にぽろりと出た本音が忘れられない。

 「ハリウッドとの上手なつき合い方を、やっと覚えたよ」

 ハリウッドで製作した前2作の失敗に加え、世界的な人気シリーズ『ハリ・ポタ』をクリス・コロンバス監督から引き継ぐプレッシャーと、製作上の拘束の不自由さは計り知れない。

 しかしキュアロンは、単なるメキシコの映画オタクではなかった。与えられたチャンスをなんとかサバイブし、なおかつ自分の作家性を活かす術をたった3作にして学んだのだ。「絶対的に、才能はあるの」と言った女性プロデューサーの慧眼は確かだった。

 わが家の本棚には、メキシコシティで観た『最も危険な愛し方』のビデオが、いまもある。これって、お宝!?

画像: これが件のお宝ビデオ。今ではなかなか手に入らない作品という意味でも貴重だ。2時間53分もある『存在の耐えられない軽さ』を、たったの1時間34分にまとめてしまったその手腕を、ぜひ確かめてみたい!

これが件のお宝ビデオ。今ではなかなか手に入らない作品という意味でも貴重だ。2時間53分もある『存在の耐えられない軽さ』を、たったの1時間34分にまとめてしまったその手腕を、ぜひ確かめてみたい!

『ROMA/ローマ』

監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:ヤリッツァ・アパリシオ/マリーナ・デ・タビラ
原題:ROMA
2018年/メキシコ/135分
Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』独占配信中

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