前回はソニー、シグネチャーシリーズ初のインイヤー型ヘッドホン「IER-Z1R」の開発者インタビューをお届けした。その開発メンバーが平行して手がけていたのが、昨年10月に発売されたステージモニターの「IER-M9」と「IER-M7」だという。こちらもソニーとして久々のカテゴリーで、オーディオリスニング用とは異なる音づくりを目指したという。そのIER-M9/M7についても詳しくお話をうかがった。対応いただいたのは、前開に引き続き、ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社の増山翔平さん、桑原英二さん、飛世速光さんの3名だ。(編集部)

画像: 写真左がIER-M9で、右がIER-M7。外観はよく似ているが、フェイスプレートの仕上げが異なっている

写真左がIER-M9で、右がIER-M7。外観はよく似ているが、フェイスプレートの仕上げが異なっている

麻倉 ここからは、インイヤーのステージモニターIER-M9/M7についてうかがいたいと思います。まず、目指した音は?

飛世 M9/M7を担当した飛世です。よろしくお願いいたします。

 弊社は2010年に、MDR-EX800STというステージモニターを発売していましたが、発売から約8年経ち、改めてソニーとしてステージユースを突き詰め他モニターヘッドホンを作りたいという思いがありました。そこで今回は、ステージモニターに詳しいPAエンジニア、アーティストの方々にも協力をお願いして音づくりを詰めていきました。

 改めてエンジニアの方々と話し合っていくことで、ステージモニターが目指す音質はアーティストが必要な音を返すことであり、実はその善し悪しがステージ上でのアーティストのパフォーマンスに大きく影響を与えることが分かってきました。

麻倉 なるほど。その「必要な音」とはどんなものだったのでしょう?

飛世 演奏者の声や楽器の音色、楽器間のバランス、そしてリズム、これらを正確に把握できることが条件として出てきました。リズムも、単にアタックがわかるだけではなく、演奏のグルーヴ感まで含めて表現できることが大切だとわかってきました。

麻倉 それは「正確な音」を重視するということになるんでしょうか?

飛世 はい。アタックが分かることでリズムは把握しやすくはなるのですが、それだけだと単に冷たい印象の音になってしまい、演奏の持つ熱量を表現できていませんでした。そこで演奏のうねり、グルーヴ感みたいなものまで含めて表現することが、本当に正確なリズムの表現ではないかと考えたのです。

 ベースのアタックだけ聞こえてきても、ねばりが出てこない。しかしもっと低い部分が出てくると、グルーヴ感が再現でき、演奏の持つ熱量を表現できるようになるんです。このあたりはPAエンジニアの方と話し合いながら、わかってきたことです。

麻倉 ステージモニターにはシュアやウェストンといったメーカーの製品がユニバーサルとしてありますが、それらも同様な音づくりを指向しているのではないんですか?

飛世 世の中のイヤモニと呼ばれる製品には、一定の方向性はあると思います。ただわれわれの製品は、それとは違うと感じられるんじゃないでしょうか。

桑原 モニターヘッドホンとリスニングヘッドホンとして考えると、リスニングヘッドホンが音楽を楽しむための製品なのに対し、モニターヘッドホンは音をモニターするためのものです。さらにその中にステージモニターとスタジオモニターがあって、モニターヘッドホンはマイク位置で拾った音をダイレクトに、ある意味かっちりとドライに再生することが求められます。

 ステージモニターも大枠の土台は同じですが、その特性を持ちつつ、ミュージシャンとお客さんをつないでライブ空間を作り上げるという役割も持っています。そのため、ステージモニターの音は、場の楽しさを共有して、最大限に発揮するという役割も担っているのです。ですので、細かい音の再生、自分の音色の把握といった要件は押さえつつ、音楽のわくわく感も楽しめることが必要です。今回はそれを両立できたというのがポイントです。

画像: IER-M9の内部構造。5基のBAドライバー(上の図中央)を搭載し、それぞれ異なる帯域を受け持っている

IER-M9の内部構造。5基のBAドライバー(上の図中央)を搭載し、それぞれ異なる帯域を受け持っている

麻倉 ステージモニターにそんな条件が求められるとは意外です。

桑原 「冷静な音」と「興奮する音」、異なる要素が求められますが、M9/M7は両者をかなり高いレベルで融合できています。

飛世 モニターというと、分析的でシビアな音だと考えられがちですが、実はそれだけではなかったのです。分析性と正確性を持った上で、音楽の楽しさも仕えられなければならない。そこが今回の一番の“気づき”でした。

麻倉 その難しさをどうやって製品に落とし込んでいったのでしょうか?

飛世 技術的なところでは、マルチBAシステムを使っています。正確な音色の再現やグルーヴ感の表現を含めて、ここがポイントになりました。

 各BAユニットが担当する帯域を分け、それぞれ最適に調整した上で重ね合わせています。Z1Rでも申し上げた通り、再生帯域の異なる複数のユニットを重ね合わせるのはとても難しいのですが、それをやることで細かく音の調整ができるようになりした。

麻倉 1個のBAドライバーで全帯域を再生するのは駄目なんですか? あるいは、Z1Rのようにハイブリッド型にするという選択肢もあったと思うんですが。

飛世 ひとつのドライバーで全帯域を受け持たせるのは難しいですね。ダイナミック型とBAドライバーのハイブリッドという方法もあったのですが、ステージモニターという性格上、遮音性・装着性も重要です。BAユニットを使えば構造的に遮音性を高めることができます。またユニット自体が小さく、複数のユニットを載せても小型に収められるのです。

麻倉 なるほど。先ほどの「冷静な音」を作る場合と「興奮する音」を作る場合では、それぞれどこがポイントになるのでしょう。

飛世 冷静な音という意味では、ハイ側、中高音域がいかにスムーズに、自然に表現されるかが重要でした。

桑原 この場合も、各BAドライバーはZ1R同様に、クロスオーバー近辺をある程度重ねて再生しています。

麻倉 「興奮する音」は、低音がキーですね。

飛世 低音は今回PAエンジニアの方との意見交換で大きく変化した部分です。最初は、一番低い音域はアタックを目立たせるためには、それほど出さなくてもいいんじゃないかと思っていて、そんな音づくりをしていました。その時は割とドライな音になっていたと思います。

 しかしエンジニアの方と話をしていくうちに、低域をもっと欲しいという意見が出てきたんです。そこで最低域を足していくと、アタックだけが目立つということはなくなっていくんですが、不思議とリズムの表現が正確になって、グルーヴ感もでてくるといった方向に変化しました。

麻倉 サブウーファーをいれると、中高域が良くなるのと同じ現象ですね。エンジニアからのフィードバックには、他にどんな意見があったのでしょうか。

桑原 左右の定位感の開きを角度でコメントされたりなど、具体的な意見もありましたね。それに対し、われわれとしてどう対処すればいいか考えたときに、超高音の作り方で広がり感が変わっていくことに気がついたんです。

 さらに低域を含めて各BAドライバーの組み合わせをどうするか、どれくらい音を重ねるかを試行錯誤しています。

画像: 前回に続いて、増山翔平さん、桑原英二さん、飛世速光さんにお話をうかがっている(写真左から)

前回に続いて、増山翔平さん、桑原英二さん、飛世速光さんにお話をうかがっている(写真左から)

麻倉 BAドライバーはM9が5基、M7は4基なんですね。

飛世 上位モデルのM9では6基の場合も試したんですが、ドライバー同士の干渉などもあり、5基で帯域分割するのが最適だという判断になりました。

桑原 弊社はBAドライバーを自社で作っていますので、それぞれ最高のドライバーが手に入ります。それを組み合わせたので、ここまでの音が実現できたのだと思っています。

麻倉 企画サイドも、今回の製品には満足していますか?

増山 はい。今回はシグネチャーシリーズとモニターヘッドホンという高級イヤホンを3機種発売させていただいたので、驚かれたお客様もいらっしゃるかもしれませんが、これについては、弊社としては実際に音楽を作っているクリエイターの方々と、音楽を楽しんでいるユーザーをつなぐ架け橋にしたいと思っています。

 クリエイターとユーザーに極限まで近づいていく商品をつくりたいということで、第一線で活躍しているクリエイターやエンジニア、そしてオーディオ機器が大好きでリスニングを楽しんでいる音楽ファンに満足してもらえる商品を、今盛り上がっているインイヤーの世界で、出していくべきだという思いが企画サイドにもありました。

 そういった中で今回の製品は、ひじょうに高価な製品になっていますが、そのぶんソニーとして自信を持ってお客様に提供できる、今ソニーとしての最高のモデルを作ることが出来たと思っています。

麻倉 最後に、協力してくれたエンジニアやアーティストの方に完成した商品の音は聴いてもらったのですか?

飛世 「わくわくしますね」と言ってもらいました。エンジニアの方はもっと冷静なコメントをするのかと思っていたのですが、楽しさという点を重視しているということがわかり、かつ製品でそこを評価していただけたのが嬉しかったです。

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