数年前から海外で話題となっていた映画館の新提案「ドルビーシネマ」が、ようやく日本に登場した。場所は「T・ジョイ博多」、JR博多駅上の絶好のポジションだ。今回麻倉さんは福岡まで足を運び、日本初となるドルビーシネマのクォリティを体験してきた。さっそくインプレッションを語っていただこう。(編集部)

画像: 『ボヘミアン・ラプソディ』に感激。ドルビーシネマは、上映される映画の作品性にも大きな影響を与える:麻倉怜士のいいもの研究所 レポート12

 ついに日本にドルビーシネマがオープンしました。私も1月中旬に現地まで出かけてクォリティをチェックしてきましたので、その印象を紹介しましょう。

 世界の映画館の潮流は、プレミアムシアターに向かっています。つまり、単純に映画を上映するだけではなく、いかに付加価値を上げるか(儲けるか)を興行サイドが考え始めているのです。これまでも、ラグジュアリーシートやMX4Dなどの提案がありましたが、基本的な画質・音質を追求した提案というと、まずドルビーシネマが挙げられるでしょう。

 ドルビーシネマは、ドルビーが提案するクォリティと体験重視の総合的な映画館運営システムです。映像はドルビービジョン、音はドルビーアトモスが必須で、そのための専用プロジェクターも規定されています。さらに劇場のエントランスやディスプレイ、照明にいたるまで、ユーザーが映画に没入できるように細かい仕様が決められています。

 ドルビーシネマは、2年ほど前からスペインやオランダの劇場に導入され始めました。その後アメリカや、最近は中国で多く導入されています。その意味では日本は遅れていました

 今回取材したT・ジョイ博多の担当者によると、2年前にドルビーシネマの導入を決めて、そこから折衝を進めてきたそうです。今回は、既存の劇場をドルビーシネマ用に改装しているので、その工程がたいへんだったといいます。T・ジョイではこれを皮切りに、他の地域へもドルビーシネマを導入していく予定だと話してくれました。

 T・ジョイ以外にも松竹マルチプレックスシアターズが今年5月の連休にMOVIXさいたまに、秋頃に丸の内ピカデリーにドルビーシネマを導入すると発表しています。当然2社以外の興行主も気にしているでしょうから、2019年を皮切りに日本の劇場も一新していく方向ですね。

画像: ドルビーシネマの入り口には、上映作品に応じたビジュアルが展示されている

ドルビーシネマの入り口には、上映作品に応じたビジュアルが展示されている

ドルビーシネマが劇場の価値を上げている

 さて今回現地に行って驚いたのは、博多だけでなく大阪方面から映画を観に来るお客さんがいるということです。新幹線を使ってでもドルビーシネマを観に来る価値があると感じているファンが、着実に増えているということでしょう。

 もうひとつ驚いたのは、わずか3ヵ月で改装を終えたということです。2018年の9月25日から工事を始めて、11月23日の『ファンタスティックビーストと黒い魔法使いの誕生』の公開に間に合わせなくてはならなかったといいますから、厳しいスケジュールでした。

 劇場はもともと400席くらいの規模だったそうですが、ドルビーシネマ用として348席になりました。劇場としては中規模でしょう。11月23日の『ファンタスティックビースト〜』公開から連日ほとんど満員だそうです。

 私は今年の1月19日に現地に出かけましたが、その時ドルビーシネマでは『ボヘミアン・ラプソディ』と『アリー/スター誕生』、『クリード 炎の宿敵』を上映していました。『ボヘミアン・ラプソディ』を3回、他の2作はそれぞれ1回の1日5回上映です。私は『ボヘミアン・ラプソディ』を鑑賞しました。

 ドルビーシネマの場合、劇場としての設計フォーマットが決まっています。青い導線から黒いトンネルにつながり、トンネルの先に上映作品に関連したイラストや動画が展示されていて、そこから劇場内に入ります。

 T・ジョイ博多は、ビジュアルインプレッションがとてもいい。サンフランシスコの劇場では、ドルビーアトモスの天井スピーカーを赤くライトアップしていましだが、視覚の迷惑でした。T・ジョイ博多ではそういったことがまったくありません。また、上映が始まると完全な漆黒に包まれて、ほんのわずかに天井の反射があるかどうかというレベルで作品に集中できます

 客席の傾斜も適度にあり、前のお客さんの頭が少し見えますが、作品を観るときに邪魔にはなりません。座席自体は普通の映画館よりちょっとゆとりがあり、何より足下が広いのでゆったりと感じます。

 今回は映写室も見せてもらいましたが、建物自体がシネコンなので、プロジェクターがドルビーシネマ用(クリスティ製が2台)も含めて一箇所にまとまっています。

 試写室から投写用の窓越しに各スクリーンの映像を確認できますが、ドルビーシネマでは、窓越しの映像まで明るく、クリアーでした。くっきりして、ハイコントラストであり、他のシアターとは格段の差があることがひとめで分かりました。

画像: 映像はドルビービジョンで上映

映像はドルビービジョンで上映

冒頭のジングルで度肝を抜かれた

 座席に着いて上映開始を待ちます。まずはドルビーアトモスのデモからスタート。ここでは、絵も音も解像度が高く、スピードがあって、ハイコントラストです。しかも音の切れ味がよく、音像の位置関係まではっきり再現していました。

 続いては黒の再現性のデモ。夜空に月が浮かんでいる映像では、これまでのプロジェクターでは明るい月の周りにフレアーが出て、黒も浮いてしまうのですが、ドルビービジョンでは背景の夜空がしっかり沈んで、月だけが煌々と輝いている様子が再現できていました。

 いよいよ本編が始まると、まず『ボヘミアン・ラプソディ』冒頭のフォックスのジングル(ギター)の移動感で度肝を抜かれます。私を含めて観客みんな、この時点で作品にのめり込んでしまいました。

 実は私は、T・ジョイ博多の前に都内の劇場で本作を観ていましたが、ドルビーシネマはそれとはまったく次元が違いました。もともと『ボヘミアン・ラプソディ』という映画はリピーターの多い作品ですが、ドルビーシネマで観ると、本当に何度でもリピートしたくなる、そう感じるほど素晴らしい映像と音でした。

 T・ジョイ博多のプロジェクターは4K解像度だそうです。きわめて細かいところまで解像して、かつHDRの効果がよく再現されていました。人物の顔のディテイルやグラデーションもきちんと再現されていますし、革ジャンの、革がすれている質感の違いまでたいへんよく出ています。

 もともと黒が沈んでいるので、全体的に映像が安定して、ゆるぎない印象になります。さらに輪郭がしっかりして、かつ素直で強調感がないので、自然な立体感が再現されます。

 また光と陰の演出も効果的です。フレディがメアリーに婚約指輪を渡すシーンでは、サイドライトで人物の表情を捉えています。ライトが右横から当てられた時の、右の頬の光り方と、左側のシャドウへの沈み方がうまく対比されていて、美しいのです。

 これはHDRのダイナミックレンジを上手に使って撮影しているのでしょうが、クリアーさがありながら、細部までグラデーションを再現できている。ドルビービジョンはそういった描写力を持っていますね。

画像: 座席の傾斜もほどよい案配

座席の傾斜もほどよい案配

これほどのクォリティは、他の映画館では体験できない

 それにも増して、ドルビーアトモスの音も素晴らしい。特にスクリーン中央より少し上方の声のセンター定位がたいへんしっかりしています。また声の輪郭もくっきりしていて、細部のニュアンス感もひじょうにていねいに再現されていました。その結果、まさに劇中の人物が話している錯覚を受けます。

 また本作は音楽映画ですが、演奏シーンでの歌声の表現もよかったですね。メインヴォーカルが前、コーラスが後ろに居て演奏しているシーンがありますが、ヴォーカルとコーラスのどちらも明瞭感があって、でもきちんと奥行や立ち位置の違いまで再現できている。彼らがチームとなり同じ音楽世界を作っているのだということを強く感じました。

 さらにデビュー前のスタジオでの録音シーンで、メンバーが部屋の中を走り回りますが、それに合わせて打楽器や声が移動します。そのオブジェクトの移動感が明瞭で、目で見えるような軌跡を描いていました。

 人の声の描きわけも格段です。メンバー4人とメアリー、レコード会社の重役などのキャラクターの違いが声にしっかり反映され、その人物のアイデンティティを鮮烈に感じます。これも映画の要素として、とても重要でした。

 低音のキレもよかった。「We Will Rock You」ではイントロで足踏みから、バスドラが入ります。その音が、スケール感とともに、締まっている。体積感は大きいのだけど、きちんと輪郭感も持っているのですね。

 もうひとつ、記者会見シーンで記者たちの質問にフレディが押しつぶされるように感じるシークエンスがあります。その際の、声が後ろから聞こえてくる様子、個々の声がはっきり聞こえながらも、塊としての圧迫感があるという演出意図もとてもよくわかりました。ここは息苦しく感じたほどです。

 今回の『ボヘミアン・ラプソディ』をドルビーシネマで観て感心したのは、音の明瞭感、音像感がしっかりしていること、移動感がきちんと出ていること、細かい音と大きい音の対比、ダイナミックレンジの再現が圧倒的という点でした。ドルビー関係者にきくと、サンフランシスコ本社のリファレンスシアターよりハイクォリティといいます。

 ドルビーシネマは、上映される映画の作品性にも大きな影響を与えます。特に本作のような音楽作品では、音の持つ力がひじょうに重要。ドルビーアトモスらしいイマーシブな音に包まれる感触は、本当に快感でした。映像も解像感が高く、画素単位で黒が沈んでいるので、S/Nがよく、細やかなグラデーションまできちんと再現できていました。

 『ボヘミアン・ラプソディ』はもちろんですが、ドルビーシネマは、映画作品そのものからさらに大きな感動を引き出してくれます。今後のドルビーシネマの普及が楽しみです。

画像: これほどのクォリティは、他の映画館では体験できない

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