アルミ削り出しシャーシに、最上級ウォークマンの再生機能とバッテリー駆動のアナログアンプを内蔵したデジタルオーディオプレーヤー兼ヘッドホンアンプ「DMP-Z1」。麻倉さんが“とんでもない製品”と呼ぶこのアイテムの開発インタビュー後編をお届けする。ヘッドホンリスニングの理想を徹底追究したDMP-Z1に込められた思いをひもといていただこう。

DMP-Z1のリポート前篇はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17225926

画像: DMP-Z1。本体サイズはW138.0xH68.1xD278.7mmで、重さは約2.49kg

DMP-Z1。本体サイズはW138.0xH68.1xD278.7mmで、重さは約2.49kg

麻倉 ところで、いつ頃からこんな“とんでもない製品”の企画を始めたのでしょう?

田中 われわれも、ウォークマンとしての課題意識は持っていました。ウォークマンなので屋外で使われるもので、室内で聴く物ではない。しかし室内リスニングも増えてきたので、そこに特化したモデルも考えてみようとの着想が取っかかりでした。

麻倉 しかし、これまでもソニーとして室内用ヘッドホンアンプはありましたよね。

田中 それらは据置き型で、単品コンポーネントとしてのメリットはありますが、プレーヤーという観点からのさらなる飛躍として考えると、別の切り口があるのではないかと。

麻倉 ヘッドホンアンプにはプレーヤー機能がないし、ウォークマンではアンプ機能が心許ない。じゃあ一緒にしようと。

佐藤(朝) それがまさにDMP-Z1です。実はWM1Zを出したときに、その前のZX1、ZX2でヘッドホン出力が15mWだったのに対して、やっと250mWにできました。それでほとんどのヘッドホンは大丈夫だと思っていたのですが、それでも世の中にはまだ足りないという人がいたんです。

佐藤(浩) これは悔しかったです(笑)。

佐藤(朝) そこでイベント等では、WM1ZをTA-ZH1ESにつないでデモをしていたのですが、それでは先ほどお話ししたように接続や電源の状態で音が変わってしまいます。実際、最高の環境を作り出すために現場の担当者もかなり
気を使ってセッティングをしていました。

 ということは、お客様もきっと同じような思いをしているんだと気がついたのです。もちろん使いこなしを楽しんでいる方もいらっしゃいますし、それを否定するわけではありませんが、われわれとしてはオールインワンになっていた方が、手間を軽減できるのではないかと考えたわけです。

麻倉 オールインワンはいいけれど、危険なところもあるんですよね。特にデジタル回路はどんどん進化していきますから。

佐藤(浩)ウォークマン開発者としてはずっとオールインワンでやってきましたので、その経験からいい落としどころになったのではないかと考えています。

画像: H型に削り出したシャーシの上側にデジタル基板、下側にアナログ基板を取り付けている。各基板を充分に余裕を持ってシャーシに設置することで、グラウンドの強化も図ったとか

H型に削り出したシャーシの上側にデジタル基板、下側にアナログ基板を取り付けている。各基板を充分に余裕を持ってシャーシに設置することで、グラウンドの強化も図ったとか

佐藤(朝) 出力についても、これまで色々やってきた実験の中でアナログ信号ラインの切り替えや分配する回路を何かしらつけると、多少なりとも音に影響がありました。じゃあヘッドホンリスニングを最優先したら、ラインアウトもつけない方がいいだろうと。

田中 最終的には、ラインアウトをつけるとヘッドホン出力に影響があるという話だったんです。そこでヘッドホン出力を最優先にして、ラインアウトは搭載しないことにしました。これはかなりの決断だったと思います。

麻倉 さて、次に音の磨き上げについて聴きたいのですが、まずデバイスとしては決まった。次にそれを組み合わせていくときにはどんな点に苦労したのでしょうか?

佐藤(朝) 世の中ではアナログアンプは音がソフトで暖かいという印象があると思いますが、実際には据え置き用アナログアンプは細かい音がしっかり再現されていて、かつ迫力があります。この方向性はわれわれがS-Masterで目指している物と同じです。

 とするとS-Masterで実現できていたクォリティを、アナログアンプになったからといって落とすことは許されません。静けさの中から迫力ある音が立ち上がってくる様を、アナログアンプでもどこまで再現できるかにチャレンジしました。

麻倉 ソニーのポータブル系アンプデバイスは、独自のフルデジタルアンプ「S-Master」であるというのは、ソニーでは常識以前のベーシックですが、今回は違います。なぜS-Masterを使わなかったんですか?

佐藤(浩) 実はS-Masterでウォークマンを設計していた時も、いつか来る将来を見越して、アナログアンプの実験は何回も行っていました。なにしろ麻倉さんに、なぜアナログアンプをやらないのかと、いつも忠告されていましたから。

麻倉  確かに以前から、アナログをちゃんとやったらどうかと提案していました。音の可能性をデジタルアンプだけに閉じ込めてはもったいないと思ったからです。

佐藤(朝) ヘッドホン出力の問題です。今のS-Masterは半導体の限界で出力が250mWに限られます。これはウォークマン用に開発したフルデジタルアンプの半導体プロセスの電圧限界なんです。250mWあればポータブル系のほとんどのヘッドホンなら駆動できるということで今のチップを作ったのですが、さすがにホーム用のハイインピーダンスの製品までは無理でした。

画像: こちらはデジタル基板側(本体上側)。中央上部にあるのがデジタル用バッテリーで、写真右上にふたつみえるひとまわり小さい部品が、電気二重層キャパシター

こちらはデジタル基板側(本体上側)。中央上部にあるのがデジタル用バッテリーで、写真右上にふたつみえるひとまわり小さい部品が、電気二重層キャパシター

麻倉 ソニーの従来のハイエンド・ヘッドホンアンプTA-ZH1ESはD.A.ハイブリッドアンプという方式ですね。

佐藤(朝) はい、据置き用のS-Masterとアナログ回路のハイブリッドアンプです。こちらは内部で使っている電圧がさらに高いんです。高い電圧を使ったデジタルアンプで発生する誤差をアナログ回路で補正する、という技術が使われています。これは100V電圧があるからこそで、バッテリー駆動では難しいのです。

田中 アンプはデバイスごとに最適な方式があると考えています。ポータブルで省電力、小型を目指すならフルデジタルアンプのS-Masterが最高で、ある程度の大きさでバッテリー駆動の大出力を目指すならアナログアンプ、据え置きで大電圧が使える場合はD.A.ハイブリッドアンプが相応しいと考えています。

麻倉 でも、アナログアンプで品位の高い音を出すのも、また難しい。

佐藤(朝) まず電源がしっかりしていないと出ないと思います。大きな音を出しているときと、静けさの中では微少音といっても、バッテリーからの供給電力は違いがあります。大きな音の中の微少音は電源がしっかりしていないと出せません。

麻倉 すべての要素が複雑に絡みあっている。

佐藤(浩) その結果、このサイズになってしまいました(笑)。言い訳ではなく、積み上げていった結果です。

佐藤(朝) とはいえ、今回DMP-Z1をいきなり作ったわけではないんです。例えば、S-Masterの開発をしている中でも電源をどれだけちゃんと作るとどんな音になるかを感じていて、それをアナログにするともっと電力がいるから、どうしたらいいかと紐付けていった。そんな感じです。

佐藤(浩) DACから出た情報を、そのままアンプまで持って行くにはボリュウムが大切だと以前から思っていましたし、その中で今の状態ではアルプスのボリュウムが一番いいと、実験を踏まえて判断しました。

麻倉 よく、アルプスの最高のボリュウムを採用できましたね。世界のハイエンドアンプの音の良さは、ボリュームデバイスの高性能さに拠ります。現在入手可能な最高品質のボリュームとして、数十年前から、オーディオ設計者の間で、「ハイエンドアンプのボリュームならこれに限る」と言い伝えられてきたデバイスです。

佐藤(浩) しかも、そこにウォークマン的な味付けも加えました。ハイエンドウォークマンでは銅メッキや金メッキが音質の鍵となっています。そこで、このハイエンドボリュームも、アルプスさんに銅メッキ+金めっきを特別にお願いしました。そんなので音が違うの?と担当者さんから訝しがられましたが、まあ聴いてくださいと、試聴してもらったら、『もの凄く違います』との感想でした。透明感、艶のあるヴォーカル、低域の重厚感がさらによくなりました。

画像: アナログ基板側の様子。右上にアナログ用バッテリーがふたつ並んでいる。アンプ基板からヘッドホン出力への配線にはキンバーケーブルが使われている(写真下側)

アナログ基板側の様子。右上にアナログ用バッテリーがふたつ並んでいる。アンプ基板からヘッドホン出力への配線にはキンバーケーブルが使われている(写真下側)

佐藤(朝) また毎度のことではありますが、内部配線にはキンバーケーブルを使いました。WM1Zの時はインイヤー用の細いケーブルでしたが、今回は遂にヘッドホンケーブルと同じ太さのケーブルを収めることが出来たんです。コンデンサーも大型にしました。WM1等には使いたくても本体に入らなかったパーツで、容量が大きいので余裕があるんです。これも音がよかったので途中に変更したんです。

田中 WM1Zを開発したからこそDMP-Z1が作れた、まさに経験の蓄積の成果ともいえます。DMP-Z1を作ってみて、今までのサイズを度外視しないと、WM1Zを超えることはできないんだと痛感しました。

麻倉 その他に工夫した点は?

佐藤(浩) メイン基板が今までは8層だったのですが、今回は12層になりました。デジタル系とクロックと同じ基板に乗せるのがベストですが、12層にすることでそれぞれの電源とグランドを分けることができています。

田中 8層基板でもホームオーディオ用としてはかなり多い方です。ウォークマンはポータブルサイズにするために、平面的な部品のレイアウトだけでなく、層の中で電源やグランドを分けるといった使いこなしが研究されているのです。今回は基板サイズも大きくして、かつ12層に増やすことで、立体構造の中でも理想的な電源環境を実現しました。

麻倉 確かに、モバイル機器からの発想ですね。

佐藤(浩) クロックについては低位相ノイズ型がいいと思ってきました。今回JRC(新日本無線)さんが新しい低位相ノイズのICを起こされたとのことで試してみたところ、ひじょうによかったのです。それを使い慣れた水晶発信子と組み合わせてみたら、音が違うんです。それを確認できたのも、今回の驚きでした。従来同様に、44.1kHz用と48kHzのふたつを搭載しています。

麻倉 ジッターが音に与える影響は大きいですからね。

佐藤(浩) ハンダも改良したんです。従来も音のいい無鉛ハンダを独自に開発して使っていましたが、今回新たに金を含んだハンダにしたところ、また音が良くなった。手作業ハンダ部は、すべて新しいハンダを使っています。それらを含めても、すべて今まで積み重ねてきたことが理論的にも正しかったと確認できました。

麻倉 デジタル再生機能としてはウォークマンと同じですか?

田中 WM1ZやWM1Aと同じ世代で、10月に実施したアップデート機能が入っているとお考え下さい。

佐藤(浩) DSDは11.2MHz、PCMは最大384kHz/32ビットまで対応しています。32ビットは固定・浮動のどちらも大丈夫です。DMP-Z1では、バランス/アンバランスともDSDはネイティブで出力されます。

画像: 本体操作部。起動時にバッテリー駆動を優先する機能等の設定もここで行なう

本体操作部。起動時にバッテリー駆動を優先する機能等の設定もここで行なう

麻倉 ひじょうに透明感のある、次元の違う音が聴けました。微細なディテールまで音の情報量が豊富ですね。特筆すべきは低域から高域まで速度が揃っていることです。一般に低域は遅れがちになるが、それが中高域と同じハイスピードで進行することは、驚異だ。その結果、音の鮮明度がひじょうに高く、内声部までクリヤーに見渡せます。とても感心しました。

佐藤(朝) ありがとうございます。ヘッドホンのパフォーマンスが高くなるほど、高さ方向や奥行方向がどんどん聴こえるようになってくる印象です。インイヤー型だとそのあたりのニュアンスが出づらくなるので、組み合わせるヘッドホンにもそれなりの力を要求する製品といえるかもしれません。

田中 海外のショーでは、ヘッドホンメーカーさんが自社の製品を持ってきて、こんな音が聴けるのかと驚いていました。

麻倉 今後の展開として、私はいろいろ考えました。その柱が、バッテリー駆動コンポーネントシリーズです。今回のDMP-Z1の音が達成した次元を他のコンポーネントに拡げるのです。プリアンプ、メインアンプ、DAC、SACDプレーヤー、ネットワークプレーヤーなどにバッテリー駆動とこだわりが加われば、どんなに素晴らしいワン・アンド・オンリーのコンポーネントになるか、とても楽しみです。

 バッテリー駆動のDAC+アンプを内蔵した、ネットワーク・アクティブ・スピーカーも大いに面白い。ハイレゾのデジタル音信号がスピーカーユニットの直前までデジタルのまま到達する仕組みにします。

 では最後に、DMP-Z1の設計・開発で皆さんが得たものについてひと言ずつ聞かせて下さい。

佐藤(朝) DMP-Z1を作ってみて、WM1Zが本当によくできているなぁと実感しました。ある意味われわれの設計は、前のモデルをどれくらい超えられるかが目標になっているんですが、今回ポータブルという枠組みを外して、このサイズだからこそWM1Zを超えるクォリティが実現できたと思っています。

 DMP-Z1とオーバーヘッドのヘッドホンを使っていただくと、今までのヘッドホン試聴とは違う次元の音質ができていると思いますので、ぜひ体験していただきたいと思っています。

 また今後、ウォークマンでWM1Zを超えるために何かをしないといけません。S-Masterとアナログアンプ、両方を技術的に使いこなせると言うことができましたので、ポータブルオーディオについても、より高みをめざしていきたいと思います。

佐藤(浩) 今まではウォークマンという枠の中でのフルスイングだったと思うんですが、今回それを取り払えたと言うことでの気づきがありました。これを振り切ったことで、将来的に小型化するにあたってどこが重要になるかも見えてきていますので、その意味でも今回の開発は実りが多かったと思います。

 展示会等ではDMP-Z1はどうやって使ったらいいのとか、売る気がないでしょう、といったことを言われますが(笑)、バッテリー駆動で音をよくするためにはどうしたらいいのかをかなり真面目に取り組んだ、現在の究極の形だと思います。

田中 このモデルは、もともと技術課題から開発がスタートしています。しかしお客様のニーズに合致した物にならないと、単なるひとりよがりの製品で終わってしまいます。そこは真摯にお客様の声を聴いていって、携帯して聴くという部分は抑えつつ、でも喜んでいただける物になるように、いろいろな調査を踏まえて開発しました。

 その結果、室内ヘッドホンリスニングに特化した、とんがったモデルになったと思っています。今までのヘッドホンの能力、限界を超えられるポテンシャルを引き出せるようなプレーヤーに仕上がっているはずです。

 その意味で、まったく新しいセグメントの製品、面白い商品ができたと思っています。これからも、単なる面白い商品、変わった商品ではなく、もっともっとハイエンドの、新しい体験を目指してやっていければと思っています。

露木 私は商品企画のリーダーを担当しました。様々な顧客調査を行う中で、ヘッドホンリスニングが増えてきていることがわかってきました。

 一番こだわったのは、そのヘッドホンリスニングにどう特化するか、ということでした。そのためにラインアウトを外し、自宅やカフェ等で使うユースケースを踏まえ、サイズにもこだわって開発してきました。

麻倉 DMP-Z1は確かに“とんでもない製品”です。しかしまさにソニーらしい製品でもありますね。これからのソニー・オーディオを牽引していくアイテムとして、がんばって欲しいと思います。今日はありがとうございました。

画像: 専用ケースには、ACアダプターやUSBケーブルなども収納可能。このケースに入れて持ち運べば、出張先でもいい音を楽しめる

専用ケースには、ACアダプターやUSBケーブルなども収納可能。このケースに入れて持ち運べば、出張先でもいい音を楽しめる

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