コルグのDSD 11.2MHz対応A/D&D/Aコンバーター「Nu I」。実に楽器メーカーらしい提案に溢れたこの製品が生まれたいきさつについて、前篇では麻倉怜士さんによるインタビューをお届けした。そして今回は、麻倉さんにNu Iで様々な音源を聴いていただいたインプレッションをご紹介しよう。リニアPCMからDSD、アナログレコードの録音品質まで、Nu Iの実力を徹底吟味した。(編集部)

※前編の内容はこちら https://online.stereosound.co.jp/_ct/17216888

画像: “とてもわくわくするオーディオ機器が、出た” 11.2MHzで聴いて、録れる。現代の万能デジタルデバイス、コルグ「Nu I」の魅力に大接近(後)

 コルグのNu Iは、DSD 11.2MHzのA/D&D/A変換に対応したデジタルデバイスである。USB DAC、DSD 11.2MHzの録音機、プリアンプに加え、オノ セイゲンさんのノウハウを盛り込んだリマスターも可能な超多機能機。今回は開発元であるコルグの試聴室で、様々な信号をNu Iに入力し、音を聴いた。

 Nu IをDACとして使う場合は、音源を保存したPCとUSBケーブルでつなぎ、コルグが提供している再生ソフトウエア、AudioGateにてプレイバックする。AudioGateではアナログレコードの録音やDSDフォノ・イコライザーの切り替えなどの処理も可能である。

リニアPCM音源は、素直でナチュラルさが持ち味

 試聴は、Nu IとPCをUSBケーブルでつなぎ、USB DACとしての音のチェックからスタートした。最初の音源は私がプロデュースした情家みえさんの『エトレーヌ』(http://www.e-onkyo.com/music/album/ua1001/)から1曲目の「チーク・トゥ・チーク」を、192kHz/24ビット/WAVで再生。

 女性ヴォーカルは基本的に声のセンター定位がわかりやすく、さらにこの音源については私自身が収録に立ち会っているので、ピアノとベース、ヴォーカルのバランスも周知している。それらや情家さんのニュアンス感がどう再現されるかを聴きたいと考えたのだ。

 もうひとつは96kHz/24ビットのFLACファイルで、マルタ・アルゲリッチと小澤征爾の『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番』から第3楽章を選んでいる。ここでは、アルゲリッチの演奏のハイテンションなエネルギーがどう再現できるか、また躍動感のあるオケはどうかも含め、現代の名録音がどのように聴けるかを確認した。

 この2曲を聴いて、Nu IのDACとしての性能が素晴らしく高いことがすぐに分かった。私はコルグのDACは基本的に素直で、色づけや強調をせずに、あるがままに音源のよさを生成り的に再現する点が佳い持ち味だと思っている。なかでもNu Iは、現代におけるナチュラリティを見事に表現できている。

 具体的には、「チーク・トゥ〜」での情家の歌の細かなニュアンスや唇の動き、山本剛のピアノの快適なテンポ感やベースの弾力感が気持ちよく再現できている。「ペートーヴェン〜」ではアルゲリッチの持っている気迫、テクニックの素晴らしさ、楽曲の疾走感も自然で生々しく再現された。ピアノの粒立ち、弦のエネルギッシュなアクティブ感も見事だ。

Nutubeを通した、真空管サウンドを楽しむ

 そこでこれらの音源に、Nutubeによる「HDFC」(ハーモニック・ディテクティブ・フィードバック・サーキット)の効果を加えてみる。HDFCはコルグ独自の真空管デバイスNutubeの回路を通すことで、原音に倍音(ハーモニクス)を付加して旨みを楽しもうという趣旨である。

 HDFCはフロントパネルのつまみで効果を3段階で切り替えられ、「I」ではわずかに効果をつける。しかし「I」でも確実に、いい意味で気持ち良く、まったりした感じに変化した。潤い成分が増えて、表情が優しく、歌い方まで柔らかくなる。

画像: コルグとノリタケ伊勢電子(株)が共同開発した現在の真空管デバイスが「Nutube」だ

コルグとノリタケ伊勢電子(株)が共同開発した現在の真空管デバイスが「Nutube」だ

 「チーク・トゥ〜」の冒頭のコーラスはもともと優しく歌っているけれど、HDFCを「I」にすると優しく、少しカラーがついてきたような感じになった。情家さんがちょっとだけリップクリームを塗ったような変化だ

 続いてHDFCを「II」にするとさらに潤いが増して、さらに心地いい聴こえ方になるではないか。ここで重要なのが、潤いは増えても音のフォーカス感が変わらないこと。倍音が厚くなっているのに、クリアネスはしっかりと保っている。オーディオ的な情報性をスポイルすることなく音の付加価値を増している、そんな効果といっていいだろう。

 「チーク・トゥ〜」では明らかに響きが増えた。立ち上がりがちょっとなまる傾向はあるが、響きが付加されたことで臨場感が際立ってきた。この響きは録音時にはなかったものだが、スタジオ録音のドライな仕上がりに潤いが加わることで気持ちいい音調になった。

 「III」はさらに効果が強く、オーディオ的にはやりすぎ。ただ「チーク・トゥ〜」ではジャズクラブで歌っているような印象に変化する。お客さんの入っていない、こぢんまりした響きのいいジャズクラブのような臨場感が出現したのである。ベースの音はヌケがよく、スピード感もあり、好ましいものだった。

 HDFCは3段階の効果を選べるわけで、音を聴くにはこういった楽しみ方もあるという提案としても、とても面白い。ハイエンドオーディオの場合、こういった音を変える、旨みを加えるといったことは許されないが、趣味の楽しみ方としてはいいアプローチだろう。まさに「好音質」だ。

 「ベートーヴェン〜」では残響が強くなるので、クリアネスは引っ込む印象になった。「I」〜「III」と変えていくに従い、音場が小ホールからだんだん大きくなって「III」では大ホールで聴いているような音を奏でていた。さすがにピアノのキレは甘くなるが、弦に響きと倍音が加わることで、生々しさと潤い感が演出されている。

DSD 11.2MHzは、響きの質感まで細かく描き出した

 続いてNu Iで話題となっているDSD 11.2MHzのD/A変換の音も確認しよう。ここでの音源は、ステレオサウンドの『Stereo Sound Hi-Res Reference Check Disc』(https://primeseat.net/ja/programs/stereo_sound/)から、11.2MHzと5.6MHzの「Down by the Salley Gardens」を聴き比べたが、本当に音が違った。

 11.2MHzは5.6MHzに比べてベールが3枚くらい剥がれた印象で、演奏者の重なり具合も鮮明に出てきた。ウィンドチャイムの輝き感もまったく違うし、鍵盤を押した時の発音メカニズムまで見えるのではないかと思うほど、ピアノの音の立ち上がりが早い。11.2MHz対応DACは他社からも発売されているが、Nu Iはその中でも指折りの俊敏なサウンドを実現している。

 さらに、PrimeSeatで配信されている『メジューエワ・プレイズ・ベーゼンドルファー』からDSD 11.2MHz音源をストリーミングで再生してみた。曲名はドビッシーの「沈める寺」。

 ドビッシーの持っている色彩感と和声感覚が再現され、ペンタトーン(5音階)の特長がよく出てきた。音がこれほどにも重なっているのに、横方向と縦方向の音のつながりがちゃんと再現されるのにも驚く。さらに中音と高音の響きの質感の違いもよくわかる。11.2MHzは音楽が感じさせる空間の再現能力も格別と感じた。

YouTubeがこれほどの音質で楽しめるとは

画像: 当日の試聴機器は、D/A&A/DコンバーターがコルグNu I、プリメインアンプにアキュフェーズE-270、スピーカーシステムにはBowers&Wilkins 802Dを使っている

当日の試聴機器は、D/A&A/DコンバーターがコルグNu I、プリメインアンプにアキュフェーズE-270、スピーカーシステムにはBowers&Wilkins 802Dを使っている

 オーディオでこんなことができるなんて、これまで考えたこともなかった。それが「S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー」を聴いた第一印象だ。しかも、音を聴いてみると、効果がひじょうに高い。

 そもそもオノ セイゲンさんによるリマスターは、既にひとつのブランドになっている。そのノウハウをNu Iで活用できるのはとても価値のあることだ。セイゲンさんもとても入れ込んでいるようで、数百のプリセット・プログラムを提供しているそうだ。

 最初はYouTubeで、アレサ・フランクリンのライブを再生。彼女がキャロル・キングの前で「ナチュラル・ウーマン」を歌うという大胆なライブだ。YouTubeの音はひじょうに悪い。圧縮が強いので、音が極めて薄く、奥行がなく、ピアノを含めたすべての楽器も、ヴォーカルものっぺりと軽薄だ。PC内蔵スピーカーや安いイヤホンならこんなものかもしれないと諦めるが、本格的なオーディオシステムでは聴くに耐えない。

 まずはこの音源をDSD 11.2MHzにアップサンプリングしてNu Iで再生した。すると明確さが出てきて、音場がクリアーになって、輪郭もはっきりしてきた。少しだけ改善された印象だ。

 さらに「S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー」を加えてみると、これが圧倒的な違いだ。実はプリセットの中にはこのYouTube用の「301 Natural Woman」ポジションがあり、これをONすると、低音に剛性感や豊潤さが与えられ、ヴォーカルもボディを持つで前に張り出すようになった。音の体積が4倍くらいに増えている。このYouTubeは「S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー」なしで聴いてはいけない。

 他にも、プリセットの中に「365 HOTEL CA」というポジションもあり、おわかりのようにイーグルスの名曲用の設定になっている。「ホテル・カリフォルニア」のCDリッピング音源を先ほどと同じ順番で試聴してみた。

 元々がCD音源なので、ストレートで聴いても輪郭が明瞭で、低音もどっしりしている。そのためか、DSD 11.2MHz変換の過程で少し優しい印象になり、これだとアップサンプリングしなくてもいいかも、と正直思ってしまった。

 でもそこに「365 HOTEL CA」によるリマスター処理を加えたら、力剛性感がよりしっかりとし、ドン・ヘンリーの声が太くなっている。音の立ち方、進行力が明確になり、コーラスの重厚感、ファズギターの厚みもより感じられる。セイゲンさんがこの曲のために施したリマスターの恩恵というものが十分に感じられるサウンドになった。

 ちなみにある機会にセイゲンさんに聞いたところによると、きちんとマスタリングされた音源の場合、リマスター処理をしない方がいい場合もあるそうだ。そのあたりはユーザーが実際に音を聴いて選ぶといいだろう。

アナログレコードをアーカイブする楽しみも広がる

画像: 取材時には、アナログレコードからのアーカイブも試している

取材時には、アナログレコードからのアーカイブも試している

 私は自宅で、コルグの前モデルのDS-DAC-10Rを使ってアナログレコードのアーカイブを実践しているが、DAC-10RはDSD 5.6MHzで、今回のNu Iは11.2MHzで録音できる点が一番の違いだ。

 そもそも、Nu Iはフォノ入力も備えており、ストレートに聴くアナログレコードも、クリーンで素直なサウンドで再生される。これなら録音しない場合でもフォノアンプとして楽しめるクォリティだ。さらにNutubeの倍音効果を加えても面白いだろう。

 今回は1980年の『マゼール/ニューイヤーコンサート』のLPをDSD 11.2MHzで録音したところ、当時のマゼールの若々しさを感じさせる、安定感のある音を聴かせてくれた。11.2MHzらしい情報量の多さとヌケのよさとも充分感じられた。このクオリティであればレコードのリッピング用途としても十分、活用できよう。

Nu Iは、とてもわくわくするオーディオ機器だ

 Nu Iの音を聴いて、わくわくするオーディオ機器が出たと思った。従来のオーディオ機器というと、高価な製品ほどクォリティが高いというのが一般的な習いだが、その方向性は忠実再生に限定されている観があった。

 しかしNu Iは、音楽はこんなに自由で楽しいものだと教えてくれる。アナログを聴くとアナログのフレーバーがあるし、11.2MHz録音も素晴らしい。それだけでなく、Nutubeの倍音機能を使って自分の好み、気持ちのいい音や濡れた音といった演出ができるのも出色だ。

 オノ セイゲンさんによる「S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー」もたいへん面白い。YouTubeの音があそこまで整理されて、ヴォーカルの存在やバックの広がりも感じられるようになるとは、驚き以外の何物でもない。セイゲンさんが持っているこれまでのノウハウを充分に活かせる、魅力的なツールである。

 Nu Iは、YouTubeからアナログレコード、ハイレゾ、DSDと音源が多用化している今だからこそ重用したい、オールラウンドにしてハイクォリティなアイテムと断言しよう。しかもオーディオメーカーとはまったく違った発想で作られている点も唯一無二。コルグはこれまでも真面目にDACを作ってきたが、Nu Iはまさにその集大成といえる製品に仕上がっている。「高音質」も「好音質」もどちらも、こなせるスーパー・プロセッサーだ。

画像: Nu Iは、とてもわくわくするオーディオ機器だ

1ビット USB-DAC/ADC+PREAMP Nu I ¥425,000(税別、11月下旬発売予定)

●対応フォーマット:USB=DSD:2.8/5.6/11.2MHz、1ビット
 リニアPCM=44.1/48/88.2/96/176.4/192/352.8/384kHz、16/24ビット
●オーディオ・ドライバー:ASIO2.1、WDM、Core Audio
●接続端子:デジタル音声入力1系統(USB Type-B)、アナログ音声入力2系統(XLR、RCA)、フォノ入力1系統(RCA、MM/MC切り替え)、アナログ音声出力2系統(LINE:XLR、RCA、USB-DAC DIRECT:XLR,RCA)、ワードクロック入出力各1系統、ヘッドホン出力2系統(アンバランス:フォーン、バランス:XLR 4pin)
●主な特長:直熱双三極管NUTUBE 6P1搭載、アナログ・プリアンプ機能(フォノアンプ搭載)、フル・ディファレンシャル回路、トロイダル・トランス搭載、DSDフォノ・イコライザー(AudioGate 4.5)、S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー、8トラック・マルチDSD録音(Nu I 4台使用時)、他
●消費電力:40W
●寸法/質量:W432×H93×D282mm(突起部含む)/5.9kg

This article is a sponsored article by
''.