ソニーがIFAで発表したデジタルオーディオプレーヤー兼ヘッドホンアンプ「DMP-Z1」には、これまで体験したことのない音の凄みがある。

 初めに、私のインプレッションから述べよう。きわめて微細なディテイルまで音の情報量が豊富だ。特筆すべきは低域から高域まで速度が揃っていること。一般に低域は遅れがちになるが、それが中高域と同じハイスピードで進行することは、驚異だ。

 その結果、音の鮮明度がひじょうに高く、内声部までクリアーに見渡せる。ヘッドホンながら音場の広さと共に、細部の音像まで凝縮感を持ち、音の生命力、エネルギー感につながっている。音の粒が躍動し、まさに迸るような音楽的生命感が味わえる。

 DMP-Z1を、さまざまな方向から見てみたい。基本動作は、内蔵メモリーに蓄積したハイレゾ音源データをD/Aコンバーターでアナログに変換、アンプで増幅し、ヘッドホンを駆動する。今、述べた圧倒的な音質を実現したポイントは3つだ。

画像: ソニー・ハイエンドの象徴。デジタルオーディオプレーヤー・ヘッドホンアンプ「DMP-Z1」

ソニー・ハイエンドの象徴。デジタルオーディオプレーヤー・ヘッドホンアンプ「DMP-Z1」

(1)単機能に徹した
 ここまでのハイエンドなヘッドホンアンプなら、バランスやアンバランスのアナログアウトを設け、高級プリアンプとして活用する道も開拓するものだが、それは完璧に拒否した。本機には、アナログアウトがない! 設計者の佐藤浩朗(V&S事業部商品設計1部)は、言った。

 「アナログ信号をラインアウトとヘッドホンに切り替えるスイッチは、僅かでも音質に影響があることは否定できません。でも、ヘッドホン音質は絶対に落としたくない。信号のピュリティをどうしても保ちたかったのです」

 私は佐藤浩朗氏を、弟子のように勝手に思っている。本機をプリアンプとして活用する道がないのはとても残念だが、弟子がそこまで徹底的にこだわるなら、それに免じて許してあげよう。

(2)愚直なまでに基本に忠実を貫いた
 アナログアウトを付けなかったことが象徴するように、徹底的に基本にこだわって音質を追求した。

 「電源はひじょうに重要です。ホーム用据え置きヘッドホンアンプは通常はAC電源なのですが、ACとしての品質が担保されていないと、少なからず音質に影響を与えます。そのためハイエンド機器は巨大な電源ブロックの搭載が必要になります。われわれはウォークマンのポータブル部隊です。なので、バッテリー電源を使うことには、何の抵抗もありませんでした」(佐藤氏)

 しゃれではないが、バッテリー電源は抵抗が低い。なので、信号の動的レベル変化に対し、ひじょうに追随性がよい。ポータブル機にバッテリー電源は当り前だが、据え置き機器でも、理想はバッテリー駆動であることは、高音質を求めるなら、論理的な帰結である。

 しかし古来、オーディオ機器でバッテリー駆動が試されてきたものの、成功した例は少ない。理論的には優れていても、実際には使いこなしがたいへん難しいからだ。佐藤たちは、単なるバッテリー駆動ではなく、加えてバッテリーからのバランス駆動を完遂させた。

 バッテリーは3パックの計5セル。前述のように出力切り替えスイッチも追放したぐらいだから、ノイズの原因になりうる反転DC/DCコンバーター回路も当然、追放しなければならない。そこで、初めからプラス側に2セル、マイナス側に2セルをあてがった。プラス電源からマイナス電源を生成するコンバーター回路を不要にしたのだ。

 「バッテリーの担当者からは“マイナスの電源って何ですか?”と言われました!?」(佐藤氏)。前代未聞のことだった。さらにデジタルとアナログを電源部から分け、デジタルノイズのアナログへの混入を防ぐ。電源こそ高音質の源という愚直なまでの正攻法を貫徹したのである。

画像: 【麻倉怜士のIFAリポート 2018】その09
超・超・超弩級デジタルオーディオプレーヤー兼ヘッドホンアンプ「DMP-Z1」は、ソニー・オーディオの牽引車だ

(3)アンプはアナログだ
 ソニーのポータブル系アンプデバイスは、独自のデジタルアンプ「S-Master」であるというのは、ソニーでは常識以前のベーシックなのだが、それを拒否したのが、偉い。

 S-Masterは、ある限られた範囲のインピーダンスを持つヘッドホンには合致するが、ハイインピーダンスのヘッドホンには対応が難しいという問題があった。充分に鳴らし切れる大出力は持てないのだ。

 ソニーの従来のハイエンド・ヘッドホンアンプ「TA-ZH1ES」はハイブリッドSマスターという方式であり、これはこれで電源部が巨大になる。それなら、アナログアンプにチャレンジしよう。

 「実はS-Masterでウォークマンを設計していた時も、いつか来る将来を見越して、アナログアンプの実験は何回も行なっていました。なにしろ麻倉さんに、なぜアナログアンプをやらないのかと、いつも忠告されていましたから」(佐藤氏)

 私は以前から、アナログアンプをちゃんとやったらどうかと提案していた。音の可能性をデジタルアンプだけに閉じ込めてはもったいないと思ったからだ。

(4)贅を尽くしたボリュウム
 世界のハイエンドアンプの音のよさは、ボリュウムデバイスの高性能さに拠る。現在入手可能な最高品質のボリュウムは、数十年前から、オーディオ設計者の間で、「ハイエンドアンプのボリュウムならこれに限る」と言い伝えられてきたアルプス電気製デバイスだ。しかも、単に定番部品を使っただけではない。そこにウォークマン的なフレーバーも加えた。

 「ハイエンドウォークマンでは銅メッキや金メッキが音質の鍵となっています。そこで、このハイエンドボリュウムも、アルプスさんに銅メッキ+金メッキを特別にお願いしました。そんなので音が違うの? と担当者さんから訝しがられましたが、まあ聴いてくださいと、試聴してもらったら、『もの凄く違います』との感想でした。透明感、艶のあるヴォーカル、低域の重厚感がさらによくなりました」(佐藤氏)

画像: ブースではこだわった内部回路、部品が分解されて展示

ブースではこだわった内部回路、部品が分解されて展示

 熱い思いと工夫と技術が結集し、冒頭、私がインプレッションした音が実現した。今、彼らは何を思うか。

 佐藤は「一回、フルスウィングで振り切ってみることが大事ですね。これまではウォークマンとしての振りでした。DMP-Z1はそれを超えたフルスウィングをしました。将来の展開で、ここでやったことはとても重要になるねと仲間と話しています」と、言った。

 商品企画を担当した田中光謙(V&S事業部企画ブランディング部門)は「お客様のニーズに合う製品にしました。『ヘッドホンを室内でいい音で聴きたい』いうニーズに特化しました。これまでにない新しい提案ができたと自負しています」と語る。

 私は、自負はよいけど、ぜひアナログアウトが欲しい。スイッチの問題のスマッシュな解決を期待したい。それはともかく、今後の展開として、バッテリー駆動コンポーネントシリーズをソニーに提案したい。

 今回のDMP-Z1の音が達成した次元を他のコンポーネントに拡げるのである。プリアンプ、メインアンプ、DAC、SACDプレーヤー、ネットワークプレーヤーなどにバッテリー駆動と、佐藤たちのこだわりが加われば、どんなに素晴らしいワン・アンド・オンリーのコンポーネントになるか。

 ソニーのスピーカーは、今は冴えないが、バッテリー駆動のDAC+アンプを内蔵した、ネットワーク・アクティブ・スピーカーも大いに期待される。ハイレゾのデジタル音信号がスピーカーユニットの直前までデジタルのまま到達する仕組みは今後の模範となろう。

 いやデジタルスピーカーなら、ボイスコイルまでデジタル駆動だ。DSDやMQAはダイレクト伝送・駆動なら、どれほど素晴らしいか。DSDならワンビットアンプ駆動も面白い。MQAなら高時間軸駆動のコンポーネントシステムもよい。ぜひスピーカーで、ソニーの新しいクライテリアをつくって欲しい。

 DMP-Z1はハイエンドなカーオーディオにも最適だ。筆者は多くのカーオーディオコンテストで審査員をしているが、最近は、ほとんどがハイエンドなウォークマン+DACという組合せだ。カーオーディオマニアにとって、デジタルアウトを持つDMP-Z1は格好の高音質音源機になろう。

 ハイエンドトレンドをつくるオーディオの登場を喜びたい。

画像: 設計者の佐藤浩朗氏(左)と、企画の田中光謙氏(右)

設計者の佐藤浩朗氏(左)と、企画の田中光謙氏(右)

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